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障子・襖(ふすま)・屏風(びょうぶ)

日本の家屋では、障子、襖など、家屋の仕切に紙が用いられてきました。
(『枕草子』にでてくる荒海障子は、布障子、昆明池障子(こんめいちのそうじ)は衝立(ついたて)で、古く杉障子といったものは、今の杉戸にあたるそうです。)

庭と部屋、庭と廊下を仕切るのが障子ですが、これは通気性に富んだスグレモノ。
障子は紙の性質を最大限に利用してあり、空気が乾燥していると紙の繊維の目が開いて空気を通し、湿気ると目が詰まって空気を遮る機能をもっています。
また、引き戸である障子や襖は、開閉のときに二枚がすれないよう、すきまがあります。このすきまの一室における合計面積は、じつに八畳間で80センチ四方。つまり640平方センチもの空間になり、ちょっとした窓にも匹敵してしまうのです。
そして、そのおかげで、日本の家屋は、自然換気がちゃんといき届いているのです。これは湿度の高い日本にふさわしい建具だといえます。
しかも、障子の場合、外の自然光を室内に散光として取り入れてくれます。ガラス窓とちがって、カーテンも必要なく、ちゃんと明るさは保たれる。この微妙な味わいが、日本人の美的感覚であり、感性そのものなのです。

また、襖は、*唐紙(からかみ)ともいわれますが、本来、唐紙は中国渡来の紙を模して形木(かたぎ)で五色の模様をすりだした紙をはったものをいいました。
平安時代に遣唐使・僧などがもちかえって衝立・障子などをはったのがはじまりで、当時はこの紙をはったものを唐紙障子、現在の障子を明かり障子とよんでいたようです。室町時代になると無地厚紙や布をはったものをふすま、紋柄のあるものを唐紙障子とよんでいました。

屏風は、本来は家具ですが、一面では絵画作品としての側面も大きく、現在ではむしろ絵画作品として鑑賞される場合が多いようです。ところがこれは日本だけの特色で、このため屏風は日本の特産品として古くからさかんに外国に輸出されていました。それらはほとんどが金箔、金泥を多用した装飾性の強い金屏風だったようです。中国、朝鮮にはすでに十世紀から輸出されておりますし、十六世紀にはヨーロッパへも輸出され、「ビョンボ」というポルトガル語にもなっています。
『日本書紀』には天武天皇の朱鳥元(686)年に新羅から屏風が献ぜられたとあり、これが日本における屏風の最初の記録です。でも、この屏風がどんなものだったかはわかりません。

 

[障子のはり方]

古い紙をはがすときは、障子をはずし、紙を十分にぬらし、端から細い棒にくるくる巻いてとります。次に、水でしぼったぞうきんで、さんについている紙・のり・ごみが残らないようによくふきとります。多量に水をかけて直射日光にあててかわかすと、さんにくるいが生じるので、ふきおわったら日陰の風通しのよいところでかわかします。のりは小麦粉を使ったでんぷんのりか合成のりを用いますが、水でのばして、のりばけでたいらにのばすようにします。紙をはるときは、下からはりはじめ、紙の重なりを下向きにすると、ごみがたまりません。
また、雨の日にはると、きれいにはれるとよくいわれます。これは、紙には湿気によってのびやすい性質があり、この状態ではるとかわいたとき、紙が縮むので、ピンとはって仕上がりがきれいになるからです。

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