スタッフN村による着物コラム

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今年は全国的に梅が不作とのことで、私の住む青梅市も、特産の梅が全然なっていません。

我が家の梅の木もどうせダメだろうと下から覗き込むと、それでもいくつかの実が枝についています。

頑張って手が届く限りの実をかき集めたら、4.5キロになりました。自宅用なら十分な量です。

実が少ない分栄養が行き渡ったのか、採れた実はふっくらまん丸です。

不作の年の貴重な梅ですから、余すことなく使おうと、3キロは梅干し用の塩漬け、

1キロをさしす漬け、残りを味噌に漬け込みました。

さしす漬けは砂糖、塩、酢で漬け込む、横山タカ子さんのレシピです。

梅のエキスが滲み出て、さっぱりと甘酸っぱいお酢になり、

実も3日ほど干せば、ほの甘いお菓子のような梅干しになります。

味噌漬けはエキスが十分に出たところに砂糖や蜂蜜を混ぜて、梅味噌としていただきます。

きゅうりにつけたり、ドレッシングにしたり、これまた夏にぴったりのさわやかな調味料です。

貴重な梅のあれこれで、どうにか今年の猛暑を乗り切ろうと、一日梅仕事を頑張りました。

 

121.さすらいの文楽@北千住

前回は代々木の日本青年館で行われた文楽公演。5月は北千住のシアター1010です。

北千住…遠い(泣)。

旧国立劇場と所要時間はそんなに変わらないのに、なんだろうこのファーアウェイ感。

今回昼の部は豊竹呂太夫改め豊竹若太夫襲名披露なんですが、

呂太夫はいまいち好みでないので、夜の『ひらかな盛衰記』を選択。

5月といえども近年は夏の暑さなので、私は勝手に単衣月と決めています。

着物は以前中野の古着屋で、反物の山の中から引っ張り出した紬。

証紙はついてましたが産地がどこかもわかりません。

洗い張りして単衣に仕立ててもらったらそれなりになりました。

反物は3000円でしたが、洗い張りと仕立てで10倍かかりました()

kimono gallery晏で購入した宜保聡さんの紅型の半幅帯にあかしゆりこさんのガラス帯留め。

バッグはエスニック雑貨のMALAIKAで買ったアフリカンプリントの巾着。

これ、底のスナップを外すと容量がぐんとアップするスグレモノです。

北千住駅前のマルイの11階にあるシアター1010(シアターセンジュ。と読むらしい)は、

正式には足立区文化芸術劇場。

700人規模なので日本青年館より小ぶりですが、

旧国立小劇場が590ですから、そんなに差はないはずなのに…

なんだこのガラガラっぷりは!? 毎公演完売御礼だった国立のお客さんが明らかに来ていない!

そりゃそうでしょう。

私も北千住と聞いて二の足を踏んだし、毎回劇場が変わっては情報についていくのも大変。

ただでさえ高齢者の多い文楽の観客層には、慣れない劇場探しが億劫になっても仕方ないと思います。

先日の朝日新聞のオピニオン欄でも、

桐竹勘十郎さんを始め有識者の方々が早期の国立劇場再開を訴えていました。

このままでは日本の伝統芸能興行が成り立たなくなってしまいます。

どうなってるんだろうこの国の文化行政。

インバウンド需要を見込んで宿泊施設つきの劇場を建てるとか言っても、

入札に手を挙げる企業は未だ皆無。

再建の見通しすら立たない間に、肝心のコンテンツが衰退してしまったら元も子もないじゃありませんか。

…すみません、国立劇場問題は常々腹に据えかねているもので、ついまたアツくなってしまいました。

さてお芝居は『ひらかな盛衰記』。

以前に見取で逆櫓の段を見たような記憶がありますが、今回は珍しい半通しです。

源平盛衰記を下敷きにしていますが、梶原源太景季の恋を描く筋をカットして、

木曽義仲親子主従の運命を描く筋に絞った上演。

まず「義仲館の段」。

義仲御台の山吹御前、一子駒若君、腰元のお筆のもとに義仲が帰館。

平家追討の功も虚しく後白河法皇に朝敵とみなされ、

鎌倉方の義経軍が迫る中、義仲は御前に駒若を連れて落ち延びよと説く。

そこへ鎧姿の巴御前が駆けつけ、宇治川での敗戦を伝える。

覚悟を決めた義仲は、お筆に妻子を託し、巴とともに戦場へ向かう。

この段があることで物語の枠組がはっきりします。

巴御前の女武者ぶりが珍しくも美しい。太夫は藤太夫。

続いて36年ぶりの上演という「楊子屋の段」。

義仲の討ち死に後、お筆は父・鎌田隼人の営む楊子屋に、義仲の妻子を匿う。

女の声を聞いたと様子を探りに来た大家を体よく追い返した隼人は、

山吹御前と駒若君にもとは源氏方の武士であった身の上を語る。

そこへ大家の通報で鎌倉方の郎等が手勢を率いて現れ、家の周りを取り囲む。

隼人は一計を案じ、手飼いの猿に衣装を着せ、お筆に抱かせてわざと敵の手に渡す。

御前とお筆を逃したあと、猿と気づいて慌てる軍勢を家内に閉じ込め、自ら若君を抱いて落ち延びる。

この手飼いの猿の人形が可愛いのなんの、

幕開きから舞台の真ん中にコロンと寝ていて、勝手気ままに舞台をうろちょろ。

若君に頭を撫でられたり、大家に飛びついたり、もう猿から目が離せません。

人形役割に「猿」の項目がないのがおおいに不満。この段の主役は断然猿です(笑)。

次は「大津宿屋の段」。

本国の木曽を目指して大津までたどり着いた山吹御前一行、

宿の隣室には船頭・権四郎、娘およし、孫・槌松の巡礼一家。

むずかる駒若に権四郎が大津絵を与えてあやしたのをきっかけに、双方は気安くなる。

およしは先夫の菩提を弔う巡礼旅だと語り、お筆は主人親子の善光寺参りの供と取り繕う。

深夜、皆が寝静まる中、槌松と駒若が起き出して遊び始め、

はずみで行灯の灯が消えて子供たちが泣き出す。

そこへ鎌倉方の追手が踏み込み、暗闇の中、宿は大混乱となる。

続く「笹引きの段」がお目当ての呂勢太夫・清治。

宿を逃げ出した山吹御前一行だが、お筆が敵を追い払ううちに、

父の隼人は討たれ、御前の抱く若君も無残に殺される。

泣き叫ぶ御前の声に取って返したお筆が、若君の遺骸を改めると、

笈摺(巡礼が着る袖なし羽織)を着ており、槌松と取り違えたことが判明。

お筆は若君の無事を喜ぶが、御前は弱った体にショックが重なり、その場で息絶えてしまう。

お筆は父と主人の仇を討つ決意を固め、山吹御前を弔うため竹を切り、

亡骸をその上に乗せて引いて行くのだった。

お筆を遣うのは人間国宝の吉田和生、三味線が同じく国宝の鶴澤清治、

太夫は未来の国宝(と信じている)呂勢太夫。

お筆は片肌脱いで髪振り乱し、切った張ったの大立ち回り。静かな役の多い和生さんには珍しい。

ほとんどお筆の一人舞台を、美声の太夫とシャープな三味線がくっきりと描き出す、本日最大の見どころです。

次がクライマックスの「松右衛門内の段」。

摂津国・福島の権四郎の家では、およしの前夫の命日で、近所の人々が招かれている。

槌松の様子が巡礼前と違うことを不審がる人々に、

権四郎は大津の宿の騒ぎに紛れて子供を取り違えたことを物語る。

恐ろしくて引き返しもならず、観音様のご利益でいずれ取り戻すこともできようと、この子を大事に育てている、と。

やがておよしの現在の夫・松右衛門が帰宅。婿入して一年ほどで権四郎に仕込まれた船頭の腕は確かと評判で、

今日は鎌倉方の将、梶原景時に呼び出され、船を自由に進退させる逆櫓の技術の指導を命じられた。

大将義経の船頭ともなれば出世も叶うと、皆で喜び、稽古の時間まで松右衛門は奥で一寝入りすることにする。

そこへ笈摺に書かれた所書きを頼りにお筆が訪ねてくる。槌松が戻ったと喜ぶおよしと権四郎。

お筆は槌松が亡くなったことを告げて泣き伏す。

笈摺を抱きしめて嘆くおよしに権四郎は泣けば槌松が戻るのかと叱る。

それを聞いたお筆が、槌松のことは諦めて若君を返してほしいと頼むと、

その虫の良さに権四郎は激怒し、お筆をののしる。

その時松右衛門が若君を抱いて現れ、自分は木曽義仲の家臣・樋口次郎兼光だと名乗り、

若君は義仲の遺児・駒若君だと明かす。

権四郎のもとに婿入したのは、逆櫓の技術を学んで主の仇・義経に近付くためだったと語る。

その望みは達成目前で、義理の子の槌松が若君の身代わりになり、

忠義を立てることができたのはなによりの喜び、腹も立とう、お嘆きでもあろうが、

親子夫婦となった縁で、この樋口に武士道を立てさせてほしいと願う娘婿に、

権四郎は侍を子に持てば自分も侍と得心。

お筆は若君を樋口に託し、父の仇討に旅立つ。権四郎とおよしは形見の笈摺で槌松の回向をする…

前半は睦太夫・清志郎、切は千歳太夫・富助、松右衛門を遣うのはニュー国宝・吉田玉男。

睦太夫はチャリ場(コミカルな場)ばっかりの印象があったけど、

こんな重要な場を任されるようになってきたんだな。応援してます。

千歳太夫はスキンヘッドに大きな目をむき、

顔芸が面白すぎてついつい舞台より床に目が行ってしまうのが困りもの(笑)。

この段の見どころは権四郎がお筆に叩きつける啖呵です。

「女子黙れ、どの面の皮でがやがや頤叩く、恥を知れやい恥を」

と激しく詰り、槌松を無事に連れてきてくれると思えばこそ、

どれほどそっちの子を大事に大事にしてきたか、と口説き、

「それを何じゃ思い諦めて若君を戻してくだされ!? エエ町人であれ孫が敵、首にして戻そうぞ!」

…権力者たちの勝手な諍いに巻き込まれて孫を亡くした庶民の、腸ちぎれんばかりの嘆き。

子の命に身分の上下など関係ない、現代人が聞いてもそうだそうだ爺さんもっと言ってやれ!と思います。

その割に婿殿樋口の身勝手な武士道論にころっと得心してしまうのが拍子抜けですが、

それは次の「逆櫓の段」で明らかに…

と言いたいところですが、最後まで見ると楽しみにしている観劇後の一杯がタイムアウトになっちゃう。

見たことのある段なのでパスして、2フロア下の食堂街に行こうとしたら、エスカレーターも階段も使えない。

たった2フロア下に行くだけなのに、一階まで戻ったエレベーターを待つしかないなんてなんてこと!

終演後のエレベーターの混雑も想像に難くないけれど、大地震でも起きたらどうするつもりなんでしょう。

たとえば渋谷のパルコ劇場は、食堂街へのエスカレーターは動いているし、

終演後ほとんどの人が広い外階段を降りていきます。

区が運営している劇場なのに、この防災意識の低さ。

二度とここには来ないとプンプンしながらエレベーター待ち。

結局マルイの食堂街の蕎麦屋で遅い夕食を取り、

その後路地裏にカジュアルなショットバーを見つけて大満足しましたが。

お芝居の結末は、松右衛門が樋口だということはすでにバレていて、樋口は鎌倉方に取り囲まれてしまう。

訴人したのは権四郎で、鎌倉方の将・畠山重忠を案内して来る。

ちなみにお芝居ではたいてい梶原景時はワルモンで、畠山重忠はイイモン(笑)。

権四郎は樋口を訴人した代わりに、樋口と血縁のない孫の命を助けてほしいと願い、駒若君を救おうとする。

その意図を察して樋口は喜んで縄にかかり、重忠も事情を知りつつ若君を槌松として別れをうながす…

というわけで若君は権四郎の孫として生き延びることになるのでしょう。爺さんグッジョブです。

 

次の文楽公演は9月で新国立小劇場ですが、12月は東陽町、横浜と2会場、2月も大井町、後楽園の2会場。

せめて新国立に固定できないものでしょうか。

演者もファンもくたびれてしまいます。なんとかしてよ文科省(ため息)。

 

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