スタッフN村による着物コラム

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今年は梅干しを漬けました。

自分であまり食べないので、去年はさぼってしまったんですが、フランス在住の友人が昨年末久しぶりに帰国。

一昨年の梅干しをプレゼントしたところ、それはそれは喜んでくれたので、今年また漬けとくねと約束したのです。

梅雨のはじめに豪雨が続き、実が小さいうちにかなり落ちてしまったのですが、なんとか3キロを確保。

お店で梅を買ってまではやらない、というのが青梅市民あるあるです(笑)。

赤紫蘇も畑に勝手に生えてくるので、買ったものは塩だけ。

炎天下の土用干しで、からりと干し上がりました。友人の次の帰国まで壺の中でぐっすりお休みです。

 

114.名人芸、立川談春と伊東四朗

国立劇場の建て替えに伴い、大劇場の裏手の谷間にひっそりと(笑)建つ国立演芸場も建て替えだそうです。

この300席の小さな小屋に立川談春が出るというので、国立劇場あぜくら会の先行発売に勇んでチャレンジ。

発売時間に合わせて秒カウントダウンで臨みましたが、ネットがつながったのは5分後で、

もはや最後列しか残ってませんでした。

それでも取れたのは奇跡的。千人超えのホールでもなかなか取れないプラチナチケット、良しとせねば。

今回は独演会ではなく、国立名人会で、

談春の弟子の小春志(こしゅんじ)が露払いを務め、桂吉坊、柳家小せん、そして談春。

小春志は談春の一番弟子で、今年五月にこはる改め真打ち小春志に昇進したばかり。

最近ちらほら増えてきた女性真打ちの一人です。

基本的に落語は男性が演じることが前提となっていて、

女性が落語家を目指す時、そこには様々な葛藤やアプローチの仕方があると思います。

普通は地味目とはいえ女物の着物で、噺を女性視点に移したり、

女性ならではの工夫をしているようですが、小春志は真っ向勝負。

短い髪に男物の着物、ハスキーな声と歯切れのいい口調で、男性落語家に伍しています。

賛否は分かれるかもしれませんが、私は賛、だな。

あのおっかない談春が真打ちと認め、

春の字と大師匠談志の志の字をつけたんですから、その期待度はいかばかりか。

真打ち披露興行は10月にあるようですが、

そのゲストの顔ぶれたるや、よだれの出そうな人気落語家がずらり。

師匠の談春はもとより、志の輔志らく、三三市馬喬太郎一之輔、宮治昇太鶴瓶にさだまさし。

どんだけ〜!?

しかし、ということは今回ほぼ真打ち昇進プレ披露みたいなものでは? これはラッキーです。

演目は『権助提灯』。とある妾持ちの旦那、風の強い晩に妾宅から帰ると、よくできた本妻が、

こんな夜、妾宅には男手もなくて不安だろうからあちらに行っておやりなさいと送り出す。

下男の権助に提灯を持たせて妾宅へ行くと、妾は本妻の心遣いに感謝して、

左様ですかとこちらにお泊めしては、物知らずな女と思われます、と旦那を本宅へ送り返す。

本妻はあちらの心根がいじらしい、行っておやんなさいと言う。

何度も本宅と妾宅を往復し、そのたびに権助は提灯をつけたり消したり。

「おい権助、提灯をつけろ」「いやあ、それにゃあ及ばねえ」「どうした?」「ハア夜が明けた」がサゲ。

義理堅い二人の女の間を右往左往する旦那と、それをちょっとナナメから見ている権助のキャラクターが面白い。

演者が女性だからか、ちょいとこの旦那、いい気なもんだね、ザマミロという気持ちにもなります。

いや、小春志はあえてそれを表に出してはいないので、聴いてるこちらが意識しすぎなんでしょう。

女性なのに本格派、とか、そのへんの男性より男前とか、そんな前置きも取れて、ただそこに上手い噺家がいる。

ジェンダーギャップの極北みたいな落語界で、小春志がそういう存在になるといいな。祝・真打ち昇進!

続いて上方落語のホープ(と聞いている)桂吉坊が上がりましたが、始まった途端に寝落ち。

一度聴いてみたいと思っていたのに、彼が高座を降りるまで熟睡していた自分にショック。

上方落語はあまり聴く機会がなく、古い関西弁がうまく聴き取れないんですよ。

すいません。隣で姉も完落ちしてました(笑)。

次は柳家小せんの『お血脈』。ベテランらしい飄々とした語り口で、こちらは思ったより(失礼!)楽しめました。

中入りあって、いよいよお目当ての談春登場。

今日はあらかじめ演目が発表されていて『らくだ』(長講とある!)です。

大河ドラマ絶賛出演中ですが、特にマクラで触れることはなかったです。

先に上がった出演者に、今日の客席の様子を訊くと、

弟子の小春志は遠慮がないので「みんな評論家みたいな難しい顔してますぜ」と言っていた、と笑わせます。

確かに談春の会は客席に妙な緊張感があって、ちょっと雑音でも立てようものなら集中砲火を浴びそうな雰囲気。

それは談春がおっかないからだと思ってましたが、

実は客の方がさあ聴くぞ的な意気込み満々だからなのか、と納得(笑)。

演目の『らくだ』は、なかなかお目にかかれない大ネタ。

長屋じゅうの嫌われ者、通称らくだが死んだ、という不穏な出だし。

自分でさばいたふぐの毒に当たって死んだらくだを発見したのは、

兄貴分の丁の目の半次というこれまたガラの悪いやくざ者。

通りがかった気の弱い屑屋を呼び入れ、

らくだの葬式を出すから長屋の月番のところへ行って香典を集めてこいと命じる。

商売道具の秤と笊を取り上げられた屑屋、渋々言われた通りにすると、

次は大家に酒三升と煮しめを届けろと言ってこい、

嫌だと言ったららくだの死骸を持ち込んでかんかんのうを踊らせるぞとそう言ってやれ、との命令。

大家が二年この方一文も家賃を入れないやつの葬式に酒が出せるかと断ると、

半次は屑屋の背にらくだの死骸を担がせ、

大家の家に乗り込んで本当にかんかんのうを踊らせる。

恐れおののいた大家が酒と煮しめを届けると、

今度は屑屋に、八百屋から棺桶代わりの漬物用の四斗樽を持ってこさせる。

届いた酒と煮しめで酒盛りを始める半次。

商売があるからと断る屑屋に酒を無理強いするが、もともと嫌いじゃない屑屋、

だんだん酔っ払って強気になり、やがて立場が逆転。

屑屋は半次に当たり散らし、しまいには、煮しめなんぞで飲んでられるか、

向かいの魚屋にマグロのブツ持ってこさせろ、嫌だと言ったら死骸にかんかんのうを踊らせるぞ、でサゲ。

本来はこの後二人で棺桶を担いで焼き場へ向かうんですが、

そこまで演る噺家は東京ではほとんどいません。それでもほぼ一時間、掛け値なしの長講でした。

談春は大ネタに独特の演出をほどこしますが、らくだもやはり独特。

談春が強面なので半次が凄むととてもおっかないんですが、その半次が実は酒が弱い。

ぐいぐい酒をあおる屑屋に、ちびちびペロペロ娘っ子みてえな飲み方するなと怒られる。

屑屋は屑屋で、もとは古道具屋の若旦那で、

身を持ち崩したのを大家の口利きで長屋に出入りさせてもらっているという設定。

らくだにどれだけひどい目に合わされたかかき口説く屑屋に、

半次は、らくだは子供の頃から図体がでかいといじめられてきたから、

暴力でしか気持ちを表せねえんだ、とその生い立ちにまで言及。

登場人物の背景をここまで細かく描く噺家は他に知りません。

談春の長講を一席聴くと、映画一本観たような満腹感がありますが、こうした細部の積み重ねがもたらすものなんですね。

それは師匠の談志から連なる立川流の方法論なのかもしれませんが、

4月の志の輔に続き、やや胃にもたれる重さも感じます。

ホール落語主体で寄席には出ない立川流の名手たち、ますます重厚長大化の予感がしてきました(笑)。

大拍手の中、深々と下げた頭を上げ、談春はこの国立演芸場への思いを語り出します。

師匠談志がここを拠点に独演会を続け、前座、二つ目時代を過ごしたこと、しかし300人しか入れない小屋は興行的に難しい、

国立だからこそやってこれたが、新しく造るならそれも考慮してほしい、

まあ、自分がここに出るのは今日が最後だから、と、最後は客席とともに三本締めで幕。

4月の中野サンプラザに続いてここでも三本締め、さよなら公演のハシゴになっちゃった。

 

翌月は劇団東京ヴォードヴィルショーの創立50周年記念公演『その場しのぎの男たち』。

こちらも50周年ですか(笑)。

客演(というかほぼ主演)の伊東四朗が初日の10日ほど前にコロナ陽性との報道でヤキモキしましたが、無事幕が開きました。

この作品は三谷幸喜がヴォードヴィルショーに描き下ろした何作か(どれも傑作)のうちの一本で、10年ぶりの上演。

舞台は明治24年、親善のため来日したロシアの皇太子ニコライが、

警備の巡査津田三蔵に斬りつけられたいわゆる「大津事件」が勃発。

組閣5日目の松方正義内閣にとって外交上の大ピンチ。対処を誤ればロシアと戦争になるかもしれない…

というと重厚な歴史劇を想像しそうですが、これが抱腹絶倒の爆笑喜劇。

松方正義、陸奥宗光、後藤象二郎、青木周蔵、西郷従道…登場人物はいずれも史上名高い明治の元勲、

しかしどいつもこいつもいい加減な「その場しのぎ」の対策しか思いつかず、右往左往する中、元老伊藤博文が乗り込んでくる。

その伊藤博文を演じるのが伊東四朗。

佐藤B作以下劇団員の演じる松方内閣のドタバタがひとしきりあって、劇半ばで御大登場。

十年前に観た時よりはさすがに動きもゆっくりで声も小さくなってますが、その存在感は圧倒的。

いかにも元老、黒幕感ハンパない。公演二日目とあって、時々妙な間が空いたりしますが、それがまた独特なリズムを醸し出す。

御年86歳、しかも公演直前のコロナ感染にもめげない役者魂、これはもう人間国宝に認定すべきでしょう。

終演後、次はラジオ出演を控えていると、佐藤B作の長々しい挨拶に釘を刺す間の良さ。

そこにいて、何か言うだけで名人芸。堪能しましたよ。

それから、陸奥宗光の懐刀で津田三蔵の暗殺を命じられるくノ一役の山本ふじこ、

全然有能そうでないくノ一っぷりが場をさらいました。

あらためて見ると、短い出番ながらこりゃなかなかの儲け役だな。大いに笑わせてもらいました。

ロシアのウクライナ侵攻、東アジアの不穏な情勢、アフリカの混迷、

元首相の暗殺や現首相へのテロ、10年前より遥かに不安定な昨今。

役者たちはそれなりに年を取っていますが、作品の持つ意味やリアリティはむしろ増していると感じました。

役者のドタバタっぷりに大笑いしながら、もしかしたら今だって…と、時々背筋に感じるヒヤリとした冷感。

これは古畑任三郎や鎌倉殿を超える三谷幸喜の大傑作ではないだろうか、それは今だからこその感想なのかもしれません。

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