スタッフN村による着物コラム

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久しぶりのkimono gallery晏東京展は無事終了いたしました。

天候がイマイチで、急激に冷え込む中、お運びいただいた皆様に御礼申し上げます。

さて今年も残すところあとひと月となりましたが、九月の写真で申し訳ありません。

あいにくの雨模様でしたが、今の国立劇場に出かけるのはこれが最後なので、パールトーン加工の単衣紬にしました。

帯はアジア雑貨店で見つけた綿イカットを、京都のカクマ帯店で二部式に作って頂いたもの。

もうね、普通のお太鼓なんて締め方忘れちゃいました。手持ちの帯全部二部式にしちゃおうかなという勢いです。

お太鼓がぺったんこなのは観劇仕様。かさ高な枕は前のめりになって、周りの人に迷惑だし、何より自分が疲れます。

羽織があれば迷わず半巾で、文庫をぺったんこにするカルタ結び。

ますます普通の名古屋帯から遠ざかっていく私です(笑)。

 

117.本当にこれが最後の国立劇場

長年、文楽や歌舞伎を(比較的)お手軽価格で楽しませてくれた東京・三宅坂の国立劇場が、1029日ついに閉場となりました。

新しい劇場の開場は2029年以降ということで、ふーん、ずいぶん先だなあと思っていたんですが、その後の新聞の報道を見てびっくり。

なんとまだ工事の入札も済んでいないというではありませんか。

これまで二度入札を行ったところ、入札した業者はゼロ!?近く三度目を行うとのことですが見通しは立っていないそうな。

聞けばこちらもお先真っ暗な大阪万博の会場建設が遅れていることもあり、人手不足と資材の高騰で手を挙げる業者がいないんだとか。

そんなこんなで「2029年以降」というはなはだ曖昧な開場予定がさらに遅れるのは必至。

計画では、さして交通の便も良くない上に隣が最高裁というあの殺風景な立地に、宿泊施設や商業施設を備えた高層ビルをおっ立てるんですと。

皇居の周りに高層ビル建てていいんだっけ?という疑問はさておき、銀座の歌舞伎座じゃあるまいし、そんなのうまくいくんでしょうか。

そんな疑問もさておいても、万博があるというのはもう何年も前にわかっていたことです。

急激な円安による資材高騰は想定外としても、建設業界の人手不足なんぞ、万博がなくたってわかりきったこと。

建設から50年以上経ているとはいえ、ボロボロに老朽化しているわけでもない劇場を、なんでそんなに急いで閉場するのか。

せめて万博が終わるまで(あちらも本当にできるのかわかりませんがw)待てなかったのか。

なにか大きな利権でも動いているのか、誰のどんな思惑が蠢いているのか、知れば知るほど疑念が渦巻きます。

国立劇場は単なる芝居小屋ではありません。伝統文化の保存・継承の重要な拠点です。

歌舞伎の脇役や文楽の演者や演奏者は、国立劇場の研修制度がなければ成り立たないし、

商業的に採算の合わない芸能や演目の公演も、国立劇場だからこそ上演できるものが数多くあります。

新劇場ができるまでは、あちこちの劇場や施設を間借りして活動を続けるようですが、それもずいぶん行きあたりばったりな話。

果たしていつになるかわからない新劇場のこけら落としの日に、日本の伝統芸能はどんな風景になっているのか。

私はその時何歳になっているのか()。あまりにも先行き不安な国立劇場の閉場でした。

 

のっけからぶちかましてしまいましたが、初代国立劇場さよなら公演はなかなか意義深いものでした。

5月公演から引き続き、『菅原伝授手習鑑』の通し上演で、普段なかなか見られない珍しい場面が登場します。

普段カットされがちなそうした場面があることで、後の場面のエピソードがそういうことだったのかとより理解が深まります。

今回私が観たのは第二部で、劇場への感謝を込めた『寿式三番叟』に続いての四、五段目です。

実に51年ぶりの上演だという「北嵯峨の段」から始まります。

大宰府に流罪となった菅丞相の御台所は、丞相の従者・梅王丸、桜丸の妻

に伴われ、北嵯峨に隠れ住む。

そこへ法螺貝の音もかしましく、門付けの山伏が訪れるが、梅王丸の妻・春が追い払う。

御台所が目を覚まし、藤原時平の皇位簒奪の企みを知った菅丞相が、怒りのあまり雷神に変じた夢を見たと語る。

(実際に第一部の天拝山の段で、菅丞相は雷神となって、帝を守護するために都へ飛び立っている。)

先程の山伏が時平の手下ではないかと疑った春は、桜丸の妻・八重に御台所を託して助けを求めに行く。

そこへ時平の家来たちが現れ、御台所を連れ去ろうとする。八重は奮戦するがあえなく命を落とす。

その時あの山伏が現れ、時平の家来を蹴散らして、御台所をさらって行く。

これだけの場なんですが、これがあることで、後の寺子屋の段がよりわかりやすくなります。

続いて有名な「寺子屋の段」。これまで歌舞伎でも文楽でも、何度もここで取り上げていますが、ざっくりあらすじを紹介します。

菅丞相の弟子・武部源蔵夫婦は、若君の菅秀才を自分の営む寺子屋に匿っている。

それが露見し、時平の部下が菅秀才の首を差し出せと松王丸(梅王・桜丸の兄で、敵方)を連れて乗り込んでくる。

若君の顔を知っている松王丸は首実検役。寺子はいずれも山家育ち、若君の身代わりになれそうな子はいない。

妻の戸浪が、今日入った新入生の小太郎を連れてくると、鄙には稀なその美童を見て、源蔵はこの子を身代わりにと決意する。

小太郎の首を見た松王丸は、菅秀才に間違いないと断言。時平方が意気揚々と引き上げ、源蔵夫婦はひとまず安堵。

小太郎を迎えに来た母親を口封じのために斬ろうとする源蔵に、母親は小太郎が身代わりの役に立ったかと問う。

驚く源蔵夫婦の前に再び松王丸が現れ、小太郎は妻の千代との子で、心ならずも敵方に回った自分が菅丞相の恩に報いたいと、

我が子を菅秀才の身代わりにするために、寺子屋へ送り込んだと告白する。

そして北嵯峨から救い出した御台所を招き入れ、菅秀才と対面させる。

松王丸夫婦は白装束をまとい、小太郎の亡骸を駕籠に乗せ、野辺の送りをする。

いやあ、何度見てもひどい話だと思いますが、松王丸夫婦の嘆きは見どころ、聴きどころ。

呂勢太夫の美声と、清治の鋭い三味線が、義理と忠義と恩愛に苛まれる、夫婦の悲しみを謳い上げます。

最初の「北嵯峨の段」があることで、最後の御台所の登場に唐突感がなく、あの山伏は松王丸だったのかとここで納得。

さらに、寺子屋の前に、これもカットされがちな「寺入りの段」があり、小太郎を置いてゆく千代が名残惜しげに去っていきます。

これがあることで、寺子屋での千代の口説きがより胸に迫り、設定の非情さを忘れて思わずホロリとしてしまいます。

いやほんと、通しって大事だなあ。これから歌舞伎も文楽も「寺子屋」をやる時は北嵯峨から通したほうがいいと思う。

続いて大詰めの五段目「大内天変の段」。こちらも51年ぶりの超珍しい上演です。

雷神となった菅丞相の怒りで、都は雷が荒れ狂い、打ち続く天変を鎮めようと、宮中では加持祈祷が行われる。

そこへ斎世親王が菅秀才と苅屋姫を連れて参内、驚いた藤原時平は、手下に命じて菅秀才を捕えさせる。

すると一天にわかにかき曇り、手下は雷に打たれて即死、時平の両耳から蛇が現れ、桜丸・八重夫婦の亡霊に変じる。

桜丸は菅丞相失脚の原因を作った責を負って切腹、八重は御台所を守って討ち死にと、ともに非業の死を遂げている。

夫婦の亡霊は時平を追い詰めて打ち据えるとその姿を消し、苅屋姫と菅秀才姉弟がとどめを刺す。

そこへ天皇の宣旨が届き、菅秀才の菅家相続と、菅丞相への正一位追贈が行われることとなる。

菅丞相は北野天満宮へ祀られ、皇居の守護神となるのだった。

はい、これが長大な『菅原伝授手習鑑』の大団円です。文楽で51年ぶりということは、歌舞伎ではもっと上演されてないでしょう。

こういう結末だったんですねえ、いやあまったく珍しいものを見せてもらいました。

雷鳴轟き照明はピカピカ、八重と桜丸の亡霊が大活躍のスペクタクル。

三兄弟の中でいちばんひ弱な桜丸は、亡霊となってから本領発揮なんですね。

悪は滅びて正義が勝って、久々に文楽を見終えてあー面白かった、と声が出ました。

通し上演のすべてを見られたわけではありませんが、今まで切れ切れに見ていたパーツがいくつかガチッと嵌りました。

さよなら公演の思い切った企画に感謝です。

思えば初めて文楽を見たのもここ国立小劇場、友人が踊りの発表会に出た時は、楽屋にも潜入、名残は尽きません。

ありがとう国立劇場、そして無事新しい劇場がなるべく早く開場することを祈るばかりです。

 

そうそう、劇場のロビーに、二代目吉田玉男の人間国宝認定のお知らせパネルがありました。

吉田和生、桐竹勘十郎に続く人形遣い三人の揃い踏みです。

これで昭和平成の大名人、文雀、簑助、先代玉男の愛弟子が人間国宝に。いやめでたい。

彼らが脂の乗り切ってるうちに、新しい劇場を。くどいようですが、ホント、頼みますよ日本芸術文化協会さん。

 

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