スタッフN村による着物コラム
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ほぼ三年ぶりに開催できた、kimono gallery 晏の東京展。たくさんのお客様にお越しいただき、不肖スタッフN村からも厚くお礼申し上げます。
遠路新幹線でお見えの方、東京展にはいつもお運びくださる方、たまたま通りがかりにお寄りになった方、様々なお客様との再会と出会いに感謝です。
その翌々日、地元青梅市で開催中の「吹上花しょうぶまつり」に出かけました。
2.1ヘクタールの元は水田だった土地一面に、様々な種類の花しょうぶが咲き誇る吹上しょうぶ公園は、青梅市自慢の花の名所です。
とか言って、私は今回が初めてなんですが(笑)。灯台下暗しで案外地元の名所って行ってなかったりするんですよね。青梅も梅ばかりじゃないのです。
早生、中生、晩生と植え分けられて、長く楽しめるようになっていますが、ちょうど中生が満開で、いい時に来たとボランティアガイドの方に言われました。
小雨がちのあいにくの天気でしたが、そのぶん人も少なく、雨に濡れた花しょうぶの風情もまたひとしお。いいお花見となりました。
104.五月の文楽鑑賞『競伊勢物語(はでくらべいせものがたり)』鑑賞
オミクロン株の蔓延に、三回目ワクチンも未接種だったので、涙をのんで諦めた二月の文楽、満を持してのリベンジです。
久々に着物を着ての外出。今回は、ステイホームの暇に飽かせて刺繍にハマり、あげくの果てに帯まで作っちゃったという代物のデビューです。。
リサイクルショップでゲットした紗の帯地にクロスステッチを刺しまくり、無地の二部式帯に貼り付けてあります。
配色が難しくてなかなか合う着物が見つからず、久しぶりに祖父の村山大島を仕立て直した袷を引っ張り出しました。暑苦しい色目なのがちょっと残念。
バッグはバティックのワイドパンツを解体して、姉に作ってもらった手提げに、先日八王子でゲットした下駄もデビューです。
14時半開演なので、最近文楽にハマった友人二人と劇場隣のホテルグランドアークの和食店でランチ。このホテルのランチはなかなかリーズナブルです。
つい調子に乗ってグラスに2杯ほどビールをいただいたのが今回は大失敗。あとで後悔することになりました(笑)。
今回の演目は『競伊勢物語(はでくらべいせものがたり)』、文楽を見始めて二十年近くになりますが、初めての演目です。
それもそのはず、東京では三十五年ぶりの上演だそうな。伊勢物語というくらいですから時代は平安初期ですが、衣装風俗が江戸時代なのはお約束。
文徳天皇の後継をめぐる惟喬親王と惟仁親王による御位争いの世界…菅原伝授手習鑑と同じような時代ですが、こちらはとんと馴染みがなく、ピンと来ない。
史実では惟喬親王は生母の身分が低いため、第一皇子ながら皇位には就けず、風流人として生涯を送ったそうですが、
そこは物語なので、惟喬親王は皇位簒奪の極悪人設定。対する弟の惟仁親王(後の清和天皇)は兄の暴虐から身を隠している。
兄弟は三種の神器を一つずつ持っていて、三つ目の八咫の鏡は紛失中。それをめぐって起こる臣下やその家族たちの悲劇…
なんですが、あえて全く予習をせずに臨んだ上、昼のちょこっとのビールが効いてしまって、前段の「玉水渕の段」は爆睡。
文字摺染めという絹布を行商する信夫(しのぶ)と豆四郎の新婚夫婦、行商の帰りに玉水渕の茶店で休んでいると、所の代官がやって来てお触れを出す。
曰く、この渕の水が激しく鳴動するのは神器である八咫鏡が沈んでいるせいなので、立入禁止とする。実は惟仁親王方の家臣の豆四郎、鏡の奪取を決意。
妻の信夫は夫を咎人にしてはならないと、夫を言いくるめて先に帰らせ、自分が渕に入ろうとするが、ワルモンの鐃八が先に鏡を手に入れて水から上がる。
闇に紛れて鏡を奪った信夫だが、もみ合う際に鐃八に片袖を引きちぎられてしまう…爆睡中にこのようなことが舞台で行われていたみたいです(笑)。
続いて春日村の段、老母の小よしが娘夫婦の帰りを待ちわびるところへ、婿の豆四郎だけが戻る。はぐれた信夫の身を案じているとワルモン鐃八が現れる。
鐃八はちぎれた片袖を百両で買え、これを代官所へ持ち込めば百や二百にはなるが、多くの人が死ぬことになると脅すが、豆四郎には意味がわからない。
豆四郎が一休みと奥へ入ると、華やかな行列とともに立派な駕籠がやって来て、中から立派な武士の紀有常が現れる。小よしがきょとんとしていると、
有常は、自分は二十年前、陸奥で隣に住んでいた太郎助だと、頭に手ぬぐいを巻いてみせる。小よしは喜び、はったい茶をふるまって昔話に花を咲かせる。
夫は亡くなったが、娘は十七になり婿をとったばかり、まもなく帰るから待っていてほしいと有常を奥へ通す。
そこへ髪振り乱し、着衣も変わった信夫が帰る。ぷんぷんご機嫌斜めの豆四郎と仲直りさせようと小よしが席を外すと、信夫は奪い取った神鏡を見せる。
喜ぶ豆四郎だが、そこで先程鐃八が持ってきた片袖の意味に気づく。禁制を破って渕に入った証拠だったのだ。
罪が母の小よしに及んではならないと、豆四郎は信夫に、小よしに勘当されるように辛く当たれと指示する。
信夫は必死で小よしにツンケンツンケン当たり散らすが、優しい小よしは信夫の機嫌を案じて謝ったりなだめたり。そこへ奥から紀有常登場。
信夫は昔小よし夫婦に預けた我が娘、伊勢斎宮に仕立てて都へ連れて帰ると言い出す有常に、信夫はびっくり小よしは激怒、断固拒否するそのさなかに、
鐃八の訴人で代官以下役人たちが信夫の捕縛にやってくる。有常は、信夫が小よしの娘のままなら母もろとも咎人となるが、我が娘として返せば伊勢斎宮、
木っ端役人には手出しはできぬと迫り、小よしは泣く泣く信夫を勘当する。有常は役人を追い返し、手ずから娘の衣服や髪を内裏上臈姿に改める。
豆四郎も官人として取り立てると聞いて、喜ぶ小よしが祝杯の準備に納戸へ入ると、有常が覚悟いたせとやおら刀を抜き放つ。驚く信夫に、有常が語るには、
先帝の姫宮・井筒姫は伊勢斎宮となったと見せかけて有常の養女となっていたが、惟喬親王が斎宮を入内させよ、さもなくば首にして差し出せと要求。
その井筒姫は在原業平と駆け落ち中で、実はこの家に匿われている。有常は我が娘を井筒姫の身代わりに差し出すつもりでやって来たのだ。
涙ながらに語る有常に、信夫はどっちにしても死罪になる身、せめて最後に夫の顔を、と願うと、死装束に改め切腹刀を携えた豆四郎が現れる。
豆四郎の父・磯の上俊綱は業平の父・阿保親王の家臣、いざという時は業平卿の身代わりとなる所存、共に死んでくれと願う豆四郎に、信夫も覚悟を決める。
何も知らず小よしは徳利片手に近寄るが、もはや身分が違うと衝立で隔てる有常。せめて声だけでもと、信夫は小よしの打つ砧と琴唄の連弾きをする。
唄が終わると同時に有常は夫婦の首を刎ねる。小よしが衝立をどけるとそこには二人の無残な姿。泣き叫ぶ小よしの声に、井筒姫と業平も姿を見せる。
有常は姫と業平に出立を促し、二つの首を抱いて都へと旅立つ…
やれやれ、ひどい話だ。
菅原伝授も妹背山も忠臣蔵も、身代わりだの切腹だのやたらと理不尽な死が多いけれど、見慣れてるせいもあるし、何より善悪の対立軸がはっきりしている。
しかしこのお伊勢さんは、どうもワルモンイイモンがよくわからず、誰に対しての忠義なのか、何に対しての覚悟なのか、人物の行動に全然共感できない。
細かく言えば、紀有常がなんで二十年前の陸奥での隣人太郎助どんなのか、なんで小よしの家に井筒姫と業平が匿われているのか、
なんでそれを小よしが知らないのか、すべて飲み込んでるはずの豆四郎が、信夫の帰りが遅いのを浮気と疑って悋気するのか、
もうね、小手先ばっかりこねくり回して、肝心の皇位争いなんてどこ吹く風、信夫と豆四郎の犠牲がいったい何を解決するのかもわからないまま。
はったい茶(麦焦がし入りのお茶)を飲みながら小よしと有常が昔話をする場面、有常が信夫の衣装を整え髪を梳く場面、
琴の竜尾を立てて豆四郎の切腹を信夫に見せまいとする場面、パンフやチラシにはやたら名場面と持ち上げてるけど、それがどうしたとしか思えない。
私は今まで文楽の登場人物で一番気の毒なのは、忠臣蔵六段目のお軽の母親だと思ってましたが、もっと気の毒な人がいました。小よしさんです。
「乳飲み子を突きつけて今日の今まで梨の礫もせずにおいて娘を連れて去なうとは、よう言はれたことぢゃなう」はいはいごもっとも。
「死ぬることならこの母もなぜに一緒に殺さぬぞ、(中略)一人残りしこの母は闇路に迷へと言ふことか」と前後不覚に泣き叫ぶ小よしに有常は
「二人が最期も四海のため」とひと言。四海だか死海だか、知ったこっちゃありませんよね小よしさん。皇位争いでもなんでも勝手にやってろ。
35年間東京で上演がなかった理由、それは面白くないから、じゃないのかな(笑)。小よしを遣う和生さん、有常を遣う玉男さんの熱演には申し訳ないけれど。
第一部が義経千本桜で、第三部は桂川連理柵、これはこれでこの前もやってたじゃん、という頻出作品、新聞の劇評でも多すぎだろうと出てましたが、
だからといってこの競伊勢物語もどうよ。と、前半爆睡したことは棚に上げて、もっと面白い芝居が見たい!という欲求不満の残る観劇でした。
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