スタッフN村による着物コラム
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前回お伝えした着物初心者の友人の、下駄購入ミッションに、着物を着て八王子まで出かけました。
素敵な古民家カフェでランチを済ませ、さて下駄屋さんの場所を確認しようとしたら、なんとその日は定休日の水曜日。なぜ定休日確認しないかな(笑)。
桜が満開の時期だったので、気を取り直し、着物を着てない方の友人の運転で、八王子からあきる野へ花見ドライブとしゃれ込みました。
写真は秋川駅裏の桜並木。私はウール混の阿波しじらに、リサイクルショップで500円でゲットした八寸を半幅に改造した帯。
その余り布に、自分でクロスステッチした紗の帯地(これも500円でゲト)を貼り付け、帯締めで持ち手をつけたバッグを姉に作ってもらいました。
友人は自分で初めて仕立てたウールの単。手作りだらけの安上がりコンビです(笑)。
後日、水曜日でない日に八王子を再訪、友人は無事に自分の足に合った下駄を手に入れました。めでたしめでたし。
103.シネマ歌舞伎『桜姫東文章』
去年の4月、6月と2ヶ月に分けて、仁左衛門・玉三郎主演の『桜姫東文章』が通し上演されると聞いたときには驚きました。
かつて片岡孝夫(当時)、坂東玉三郎の、いわゆる孝玉コンビとして社会現象にまでなったという伝説の舞台が36年ぶりに蘇るなんて!
私は片岡仁左衛門の襲名披露公演を見てどハマりしたので、孝夫時代の仁左衛門は知らないし、まして孝玉ブームの頃は洋楽専門のロック娘でした(笑)。
歌舞伎にハマり、ついでに着物にハマって20年、仁左衛門を追っかけ続け、あらかたの持ち役は見尽くして、唯一見られなかったのがこの桜姫東文章。
かつての名コンビもとうに70代、もはや再演はあるまいと思われていた作品を通しでやるなんて、当然チケットの争奪戦は熾烈を極めるに違いない。
かつての気力体力金力コネ力もなく、またコロナの第何波だったかその最中、所詮は叶わぬ夢とあきらめて、忘れかけていた頃、朗報が!
シネマ歌舞伎としてノーカット上映されると聞いて、そりゃ喜びましたとも。しかも都内まで行かずとも、青梅線は昭島の映画館で見られるという。
ありがとう松竹さん、一日一回の早朝上映でも、特別料金の2200円でも、銀座までの交通費と、一等席のバカ高いチケット代を思えばなんのその。
2ヶ月続けて早起きして見に行きましたよ。同じ思いの人はけっこういるようで、お客さんそれなりに入ってました。私も含めてほとんど高齢の女性でしたけど。
このチラシの写真は、36年前の孝玉ブームの時のポスター写真。貼っても貼ってもはがされた(盗まれた)という、有名な写真です。
で、こちらが昨年の舞台写真。仁左衛門はさすがに年輪を感じる(でも今のほうが素敵)けれど、玉三郎の変わらぬ美しさはもはや化生の者としか思えない。
玉三郎の舞台も、仁左衛門の相手役として数多く見てきましたが、情の濃い人間味のある役よりも、人外の者、化け物の役のほうがハマってると思います。
先代萩の政岡より、道成寺の花子、ってイメージ。で、この桜姫は人間ではあるのですが化け物じみたトンデモキャラで、まさにうってつけなんです。
ストーリーは鶴屋南北作品ならではの複雑怪奇なブッ飛び展開ですが、頑張って整理してみます。
若き修行僧清玄(仁左衛門)は稚児の白菊丸(玉三郎)との禁断の恋の果て、心中を図るが、死に遅れて一人生き残ってしまう。
十七年後、長谷寺の高僧となった清玄は、吉田家姫君・桜姫(玉三郎)に出会う。家宝・都鳥の一巻を盗まれ、父と弟の梅若丸を何者かに殺されて家は没落。
その上生まれつき左手が開かない障碍もあり、世をはかなんだ姫は出家を願い、清玄に得度を乞う。清玄が念仏を唱えると、その功力か姫の左手が開く。
中から出てきた小さな香箱の蓋に「清玄」の名が。かつて未来は夫婦にと誓った白菊丸と互いの名を書いて持ちあったものに違いない。
十七歳という姫の年齢を聞いて、清玄は姫が白菊丸の生まれ変わりだと確信するが、姫の出家の意志は固く、桜谷の草庵で準備を進める。
そこへ姫の元許嫁、入間悪五郎の文を持って、盗賊信夫の惣太こと権助がやってくる。権助の腕に釣り鐘の刺青を見た姫は、侍女を下がらせ人払いをする。
姫が言うには、一年前館に忍び込んだ盗賊に犯され、子まで産んだが、顔もわからぬその男が忘れられず、薄明かりに見た釣り鐘の刺青だけが頼り。
同じ刺青を自分の腕に入れて再び会えるのを待っていた、出家はとりやめてお前の女房になりたいとかき口説く。
驚きながら満更でもない権助はおのれと姫の帯を解き、御簾をおろしてよろしくやっていると、清玄の弟子僧の残月に目撃されてしまう。
権助は逃げ、姫は相手の男の名を言わない。その場に落ちていた清玄の名が書かれた香箱の蓋を証拠に、不義の相手は清玄と決めつける残月。
姫を庇って罪を引き受けた清玄は、寺を汚したとして姫とともに身分を剥奪されて追放となる。
清玄の後釜を狙う残月はほくそ笑むが、姫のお局、長浦との密通がばれ、共に追放される。
姫の追放を知った赤子の預け先にも突き返され、途方に暮れる二人、清玄はいっそ一緒になろうと迫るが、姫は夫のある身だと拒絶する。
吉田家乗っ取りを企んで姫を連れ戻しに来た入間悪五郎と、弟の松若丸、忠臣の粟津七郎が諍う間に姫は逃れ、清玄と赤子は取り残される。
清玄は姫の小袖の片袖に赤子を包んでさすらう。三囲神社の境内で、暗闇の中姫とすれ違うが、それとも知らず二人はまた離れ離れとなって行く…。
はい、ここまでが上の巻です。出家を望む美しく可憐な姫が、実は盗賊との間に子をなし、その盗賊に恋い焦がれて刺青まで入れてるトンデモ展開。
再会した二人の濡れ場たるや、帯解いて着物はだけて歌舞伎でそこまでやるかというエロエロ場面、これもまたかつて大きな話題となった、らしい。
36年前のことは知りませんが、年輪を重ねてもなお奇跡的に美しい二人、芸の力で色気もしたたるばかり。元祖腐女子(婆?)悶絶の一場です。
仁左衛門は徳高い高僧と、下世話なチンピラに早替りで大忙し。インタビューでも玉三郎が、仁左衛門さんのほうが出づっぱりで大変ですと言ってました。
そして白菊丸への追慕から姫に妄執して転落していく姿が情けなくも哀れ…さて後半の展開やいかに。
下の巻はまず幕前の口上で上の巻のあらすじを述べ、岩淵庵室の場へ。密通の罪で追放された残月と長浦は夫婦となって小さな地蔵堂の堂守となっていた。
ここに病みほうけた清玄が、桜姫の赤子とともに身を寄せている。そこへ子供を亡くしたという若い女房が、供養にと訪れる。
好色な残月が女房に色目を使ったと、長浦が悋気を起こして騒ぐと、赤子が泣き出し、哀れに思った女房がその子を引き取ろうと申し出る。
女房が赤子を連れて去ると、残月夫婦は清玄を青蜥蜴の毒で殺そうと謀る。蜥蜴の煎じ汁を無理やり飲ませると清玄の顔は無残にただれてその場に倒れる。
長浦が呼んできたのは穴掘りの権助(例の釣鐘権助。仁左衛門ここも早替り)。
権助と残月が清玄を埋める穴を掘っていると、女衒が女を一人連れてくる。たまたま拾った女だが、女郎屋に売るつもりだという。
頭巾を取らせてよくよく見れば、なんとそれは桜姫。以前から姫に懸想していた残月は、長浦が大事にしていた姫の小袖を着せ、口説きにかかる。
戻ってきた長浦は嫉妬に狂うが、権助がその女は俺の女房だ、人の女房を口説くとは、と因縁をつけ、残月夫婦の身ぐるみはいで追い出し、庵を乗っ取る。
雨が降り出す中、権助は桜姫を女郎に売る算段をしに出かけていく。一人残されて雷鳴に怯える姫、その雷鳴のショックで清玄が息を吹き返す。
清玄の妄念すさまじく、毒にただれた顔で姫にすがり、一緒になれないなら死んでくれと出刃包丁を振り回し、もみ合ううちに今度こそ清玄は絶命する。
そこへ権助が戻ってくる(仁左衛門大忙し)が、何故か権助の顔は清玄と同じ箇所がただれているのだった。
はい、この場だけでも仁左衛門は清玄と権助に2回早替りをしているんですね。清玄と権助が別配役のバージョンもあったようですが、いかにもこりゃ大変だ。
もうあまりやりたくないと言ってたのも無理もないです。でも頑張ってやってくれたおかげでこうして映像に残せたんですからひたすら感謝であります。
場面変わって山の宿権助住居の場。山の宿と言っても今の浅草あたり。権助は長屋の大家となり、桜姫は女郎屋に売られている。
長屋の衆が捨て子を拾ったと大家に届けに来る。当時の大家は今の民生委員のような役割もあり、捨て子を預かるが、それは巡り巡った桜姫と権助の子。
そこへ桜姫が小塚原の女郎屋から戻されて来る。姫は腕の刺青が風鈴のようで、姫様言葉と伝法なちゃんぽん言葉の「風鈴お姫」と呼ばれる売れっ子だが、
清玄の亡霊がとりついて客足が遠のき、やむなく休業となったという。権助は幽霊が出たら斬っちまえと脇差を残して大家の寄り合いに出かける。
赤子とともに残された桜姫の前に、また清玄の亡霊が現れ(ここも早替り)、そうしょっちゅう出てこられちゃあ、怖くもねえよと悪態をつく姫に、
清玄の亡霊は実は権助とは兄弟で、権助が信夫の惣太という盗賊であること、そこにいる赤子は姫の産んだ子であることを告げる。
したたかに酔って帰ってきた権助は、酔いにまかせて姫の父と弟を殺して家宝の都鳥の一巻を奪ったことを喋ってしまう。
亭主が父と弟の仇で、生んだ子供は仇の子。姫は父が斬られた脇差で、赤子と権助を殺し、権助が首にかけていた都鳥の一巻を取り戻しその場を逃れる。
どうですこの怒涛の展開(笑)。他にも実は、実はの嵐で、これでもかなり省略したつもりです。仁左衛門はここでも権助と清玄幽霊の早替り。
この場の見どころは、なんといっても桜姫のちゃんぽん言葉の面白さ。つきまとう清玄の亡霊に向かって、
「みずからを見くびってつきまとうか、世に亡き亡者の身をもって、緩怠至極、エエ、消えちまいねえよ」と啖呵を切る、
本来なら「大和屋あっ!」と大向うがかかるところです。そういえば、大向うがかからないのは映画だから? と思ったら、コロナ禍だからなんですね(笑)。
玉三郎は「みずからを」とか「緩怠至極」とかの姫様言葉は裏声で高く、「エエ、消えちまいねえよ」と伝法なところは低い地声と、使い分けているようです。
それにしても深窓の姫君が盗賊に恋い焦がれて子までなし、女郎に身を落としても、相手が親の仇と知れば、夫も我が子も手にかける、
なかなかこんなキャラクター設定、現代人には及びもつかない発想ですが、これを演じるのがおよそ人外の者としか思えない玉三郎。
36年の間には1、2度他の役者が挑んだ役ではありますが、ほとんどなかったことにされてるというか、黒歴史と言うか、おこがましいというか(笑)。
鶴屋南北が時空を超えて未来の玉三郎のために書いたとしか思えない狂言です。この先玉三郎以外の役者で上演されることがあるんでしょうか。
少なくとも今の歌舞伎界の若手を見渡して、私が生きている間にそういうことはなさそうな気がしますね。おっと、もう一幕あるんでした。
大詰め、三社祭礼の場。三社祭で賑わう浅草寺雷門前。都鳥の一巻を取り戻し、父の仇も討った桜姫は、元の姫様姿に戻り、弟の松若丸、忠臣粟津七郎、
奴の軍助とその妹お十(みんなこれまでに出てきてるけど割愛)が打ち揃う中、管領細川頼国(仁左衛門三役)が吉田家再興の知らせを持って訪れる。
めでたしめでたし、まず本日はこれぎり、で幕。もう仁左衛門の出番はないと思ったら、ダメ押しのように管領様で登場。
仁左衛門ファンとしては、まず『二月堂』のような美しい清僧、そしてお得意のチンピラ風色悪、しまいには『石切梶原』ばりの立派な武士と、
一演目で三つのお姿を見られるなんて、どんだけ美味しい狂言でしょう。お十の孝太郎、松若の千之助と、松島屋が三代並ぶのもこれまた嬉しい。
それにしても玉三郎がこの先さらにまた桜姫を演じる機会があったとして、仁左衛門以外の清玄権助もまた考えられないなあ。
仁左・玉コンビの『桜姫東文章』が映像に残ったということは、ある意味この演目を封印する聖典になってしまうのではないかなあと思ったりして。
あとへ続く若手役者たちに、ものすごく高いハードルを作ってしまった、そんな気がするシネマ歌舞伎でした。いや、満足満足。
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