スタッフN村による着物コラム

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久々の着物でお出かけ、9月になったので単衣の出番ですが、朝から雨なので木綿づくしになりました。

本藍染の川越唐桟です。

お見せしたかったのは帯。いらない名古屋帯を二部式に改造し、

暇にあかせて手刺しした刺し子の布を縫い付けたものです。

 

日暮里の布問屋で、刺し子の柄があらかじめプリントしてある布を購入して、

刺したい所だけ刺しました。プリントはもっと全面びっしりです。

水洗いすればプリント部分は消えるので、しっかり糊付けしてアイロンを掛け、

お太鼓、タレ、手先、前帯の部分に縫い付ければ出来上がり。

糸は一見白に見えますが、山のようにある貰い物の刺繍糸の、

薄い青や紫、ピンクや緑など、模様ごとに変えてみました。

縫い目が時々よろけているのはご愛嬌(笑)。見様見真似の改造ですが、案外簡単にできました。

もう手持ちの名古屋帯、全部改造しちゃおうかな。

 

106. 文楽『奥州安達原』鑑賞

9月の文楽は、久しぶりに第三部の夜の部を選択しました。

演目も見たことのないものだし、桐竹勘十郎、豊竹呂勢太夫、鶴澤清治の豪華メンバーなもんで。

あいにくの雨でしたが、私は木綿、ツレの友人も紬と、雨ニモマケズ、頑張って着物を着て行きました。

さて、『奥州安達原』、私がたまたま未見なだけで、先だっての『競伊勢物語』とは違い、しばしば上演される人気演目です。

 

時代は平安中期、奥州に独立国家を築かんとする安倍頼時が、

源頼義・義家親子に敗れた前九年の役から数年後。大河ドラマなら『炎立つ』の前半あたり。

全五段のうち、今回は三段目と四段目の冒頭の通し上演。

時の帝の弟・環宮が神器の剣とともに失踪し、守役の平{杖はその責を負って、詮議を任される。

{杖には二人の娘がいて、妹の敷妙は八幡太郎義家に嫁いでいるが、

姉の袖萩は浪人者と恋に落ち、身籠ったために勘当されている。

冒頭、朱雀堤の段、病から盲目となった袖萩は、

娘のお君とともに物乞いの弾き語り芸人として堤の上の粗末な小屋に暮らしている。

そこで、まあ色々複雑な事情のある男女(ややこしいので省略w)の

ひともんちゃくあったところへ平{杖が環宮の詮議のためにやってくる。

{杖はその物乞い女が娘と気づくが、あえて黙して去り、袖萩は従者の言葉から今の武士が父と知り、

その身に一大事が起きていると聞いて跡を追う。

この場の人形遣いはすべて黒衣で、顔を見せていませんが、袖萩を遣うのはお目当ての桐竹勘十郎。

初心者の友人も、そのなめらかな動きにびっくり。

「すごーい、人形が生きてるみたい!」と感激する友人に、

うんうん、昔アタシも吉田蓑助の遣う梅川を観て、初めてそう思ったよ、とうなずくことしきり。

続いて敷妙使者の段、環宮の御殿を守りつつ、宮の捜索を続ける平{杖、妻の浜友にも袖萩を見たとは言わない。

そこへ敷妙が夫の義家の使者として訪問。

宮の捜索の猶予は今日限り、言い訳立たずば義家はこの御殿を包囲して敵対しなければならない。

{杖の一大事とはまさにこのこと。

やがて訪れた義家に、{杖は手に入った宮の誘拐を促す密書を見せ、

これは安倍頼時の遺児、貞任・宗任兄弟の企てではないかと推察する。

同意した義家は、奥州から連行してきた鶴殺しの罪人・外ヶ浜の南兵衛が安倍宗任ではないか、

これを詮議すれば手がかりが得られようと{杖を励ます。

そこへ勅使として桂中納言則氏の来訪が告げられる。ここから矢の根の段。

白梅のひと枝を手に現れた桂中納言は、義家が南兵衛を詮議する様子を窺っている。

義家はそなたこそ安倍宗任であろうと詰問するが、しらを切る南兵衛。

ならばと義家はかつて戦場で父・頼義が押し立てた白旗と、安倍頼時が頼義に放った矢の根を見せ、

旗に当たって踏み折られた頼時づれの拙き運と嘲弄する。

源氏に敵対するならかくの通りと、矢の根で手水鉢を割ってみせる。

まあ危ないことを、としらばっくれる南兵衛に、桂中納言が白梅の枝を突きつけ、

東夷はこの花の名も知るまい、と嘲られ、中納言もかつて奥州に流された身ではないかと憤然、

矢の根を咥えて自分の肩を切り、その血で白旗に血書する。

「我が国の梅の花とは見つれども大宮人はいかが言ふらん」

即座に和歌で応えるその器量、まさしく安倍宗任であろうと中納言は断定。

中納言の計略に嵌った宗任は矢の根を投げつけて抵抗するが、奥へ引き立てられて行く。

中納言は梅の枝を{杖に渡し、暗に切腹を促して奥に入る。

 

さて次がお目当ての袖萩祭文の段。床は美声の中堅・呂勢太夫に国宝清治の三味線、

ヒロイン袖萩を遣うは新たな国宝勘十郎、もちろん今度は出遣いです。

ところで、この出遣いと黒衣遣いの違いの基準は何なのか、

二十年文楽を見てきてもいまだにわかりません(笑)。

 

夕暮れ時、雪の降る中、娘のお君に手を引かれ、御殿にたどり着いた袖萩、

垣根の枝折り戸では門を叩くこともできず、垣根に取り付いて泣くばかり。

人の気配に気づいた{杖は枝折り戸の外に娘の姿を見てびっくり、

妻の浜夕が出てくるのを押し留めようとするが、浜夕も袖萩と気づいて戸を閉める。

事情を知らない腰元たちは二人を追い払おうとするが、

浜夕は「やい物乞い、お銭がほしくばなぜ唄わぬ」と時間稼ぎをする。

袖萩は三味線に合わせて祭文を唄い、来し方を語り不孝を詫び、お君への慈悲を懇願する。

孫と聞いて飛び立つ思いの浜夕だが、{杖は頑なに突き放す。

{杖の難儀を案ずる袖萩に、お前の知ったことではない、妹は八幡殿の北の方と呼ばれる手柄、

姉は下郎を夫に持てば根性までも下司女、と辱められ、

さすがにわっと泣き伏した袖萩が、夫も元は筋目ある侍、

別れたときにもらった文に筋目も本名も書いてあると差し出した書状を見て{杖びっくり。

奥州安倍貞任とあるその文字は、環宮誘拐の密書とまさに同筆、

やはり事件の黒幕が安倍貞任だと知ったとはおくびにも出さず、妻を急き立てて奥へ入る。

袖萩はせめて難儀の訳を聞かせてくれと垣根に取りすがるが、

雪は降る、体は冷えるで持病の癪が差し込み、その場に倒れてしまう。

お君は健気に介抱し、自分の着物を脱いで母に着せかけ、

雪をすくって口に含ませると袖萩はようやく気がつくが、娘がほとんど裸で介抱しているのを知り、

自分のような不孝者がこんな孝行な娘を持ったのも何の因果か、

お君を抱きしめて泣いていると、浜夕が打掛を一枚、垣根の中から投げかけてやる。

浜夕は、町人ならばこんな良い孫を産んだ娘をでかしたと迎え入れようものを、

初孫の顔もろくに見てやれぬのは、武士に連れ添う浅ましさ、

諦めて去んでおくれと、振り返り振り返り屋敷の内へ戻って行く…

いやもうこうして書いてても袖萩が哀れでお君がかわいそうで、

{杖の毒づきっぷりがまた情け容赦もなく、やれ畜生だの下司下郎だの、

見てるこっちが、爺さんもう許してやれよーと言いたくなる憎体さ。

呂勢太夫の朗々たる義太夫と、清治の鋭い三味線にのせて、

勘十郎の遣う袖萩が生きているように唄い、弾き、嘆き、苦しむ。

もちろん作者・近松半二のウデでもありましょう。

息をもつかせぬ展開は、このあとさらにスピードを増します。

 

貞任物語の段。倒れた袖萩に奥から脱走した南兵衛こと安倍宗任が忍び寄り、

懐剣を握らせて、夫のために父の{杖を討てと言う。

奥から義家が宗任を呼び止め、首に鶴の鑑札をかけて放免する。

宗任が感謝しながら去ると、{杖夫婦が切腹の用意をして登場。

{杖が刃を腹に突き立てると同時に、袖萩も懐剣で胸を突く。

浜夕は娘に駆け寄り、たった今父が自害したことを告げる。

様子を見届けた桂中納言は、貞任と縁組した{杖も、貞任の妻である袖萩も、

どうで死なずばなるまいと言い捨て、その場を立ち去ろうとするが、

折から響く陣鉦太鼓、戦支度で現れた義家は、桂中納言の正体こそ安倍貞任と見抜き、

先の梅の花の歌の内容、源氏の白旗を血で汚す行いこそ、

兄弟が結託して大望を達せんとする企みと、血書の白旗を突きつける。

正体を現し、太刀に手をかけて詰め寄る貞任に義家は、

宮と剣のありかを白状するまでは命は助け置く、妻子と最期の別れをせよと説き、

貞任が袖萩とお君を抱き寄せると、宗任が立ち戻り、義家に詰め寄る。

それを貞任が押し留め、白旗を浜夕に渡し、義家と戦場での再会を約して去ってゆく。

祖母が寄り添うお君の「父よ」という声に後ろ髪を引かれながら…

 

という怒涛の展開、これでも全五段の一部です。

このあとに、序幕で出てきたややこしい男女の道行きがついてますが、それはまた別の話の序章。

去年の忠臣蔵もそうでしたが、深刻な話の最後には、

前段とはあまり関係がない道行きや景事(踊り)をつけるのがお約束みたいなんですね。

現代人にとってはさっきまで展開していた壮大なドラマから一転、ヒラヒラ華やかな踊りがついてると、なんだか拍子抜けしてしまうんですが(笑)。

貞任役は豪快な武将役を得意とする吉田玉男。

大望の前に妻も舅も犠牲にして顧みない一面、娘への恩愛に涙する、無骨な男の哀しみを見せてくれました。

いやあ、久々に物語の中にどっぷり浸かって、あーこれぞ文楽の醍醐味と、実に幸せな時間でありました。

予備知識無しで観るのもたまにはいいもんです。

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