スタッフN村による着物コラム

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遅ればせながら今年最初のコラムです。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

コロナ禍第六波をモロに被って、楽しみにしていた新年イベントも次々に自粛することになり、ヒマを持て余した挙げ句、刺繍にハマってしまいました(笑)。

刺繍を習っていた叔母が亡くなって、大量の刺繍糸と道具が遺されたのですが、従姉妹たちはまったく興味がないというので、そっくり引き取ってきました。

叔母のやっていた複雑なフランス刺繍は無理だけど、クロスステッチなら小学生の時にとった杵柄でなんとかなるかなと始めてみたら、これが面白い!

ただバッテンを刺していくだけなのに、絵柄が出来上がっていくのが楽しくて、コタツがけに刺したり、飽きてしまった服やバッグにあしらったり。

お手本はブルガリアやポーランド、東欧の民族衣装の図柄です。いずれはより複雑な(でもクロスステッチだけの)パレスチナ刺繍に挑戦してみたいなあ。

格子柄や目の粗い布を見ると、これ刺繍できないかなとつい考えてしまう、クロスステッチ魔と化した今日このごろです(笑)。

 

1011214日の忠臣蔵

コロナ禍第五波が落ち着きを見せ、第六波の襲来はまだ先と思われた旧臘14日、まさに討ち入り記念日に文楽『仮名手本忠臣蔵』を見に行きました。

狙ったわけではなくたまたまなのですが、同じことを考えた人は多いようで、この日のチケットは真っ先に完売したそうです。

このところ何故か文楽というと天気が悪く、この日も朝から午後にかけて結構な雨。観劇中には止むだろうという予測のもと、頑張って着物にしました。

チケットを手配していただいた当コラムにも時々登場するTさんが、このところ断捨離を敢行中で、着物や帯をたくさんいただきました。

帯は友人に分けたんですが、石毛紬の着物はいいなと思い、少々裄が足りないのは羽織でごまかして、この日一着に及んだという次第。

私は江戸小紋を仕立て直した羽織に、祖母の博多織の八寸を半幅に直した帯、足袋は裏ネルの別珍足袋で暖かく、草履は保多織鼻緒のカレンブロッソ。

Tさんは本結城の着物に、羽織は伊達政宗の陣羽織の柄を写したオリジナルの特注品。細かい発注の様子を横で眺めていた記憶があります。

ちなみに相撲の行司で、この柄の装束を着る人がいます。地色は鮮やかな青ですが、お、伊達政宗写しだと思って、見るたびにTさんの羽織を思い出します。

 

さて文楽。御存知の通り、仮名手本忠臣蔵は全十一段という長大な作品で、一日で全て上演することは不可能です。

さりとて大量の登場人物が複雑に絡み合い、いくつかの筋が交錯するので、頭から順番に上演していくとどの筋も中途半端になってしまいます。

どうしてもいくつかの段をピックアップしてつなげることになります。今回は本蔵松切、進物、刃傷、判官切腹、城明渡し、道行旅路の嫁入り。

まだまだ発端というところで、とても討ち入りまでには至りません。十二月十四日だけど(笑)。

この選択は、判官の刃傷を押しとどめた加古川本蔵、塩冶判官の無念の切腹、その恨みの九寸五分(短刀)を託された大星由良之助の筋になります。

有名なおかる勘平、斧定九郎、寺岡平右衛門、判官の妻の顔世御前もほとんど出てきません。その代わりややマイナーな本蔵松切の段から始まります。

塩谷判官とともに将軍名代の接待役を担う桃井若狭助は、指南役の高師直の意地悪にブチ切れ、師直ぶった斬ると息巻く。

そんなことされたら御家断絶と、家老の本蔵は一計を案じ、まずは庭の松の枝を叩き切って主人を煽り、すぐに馬を駆って飛び出していく。(本蔵松切の段)

登城中の高師直のもとへ駆けつけた本蔵、警戒する師直主従に丁寧な挨拶とともに絹織物や多額の金子を賄賂として差し出す。

ころりと態度を変えた師直は、若狭助を褒めそやし、本蔵にお愛想まで言い始める。師直の勧めに従い、本蔵は城内へ入る。

そこへ供の早野勘平を連れた塩冶判官が到着し、これは遅刻かと急いで城内へ入っていく。(進物の段)

師直をぶった斬る気満々で待ち構える若狭助、師直が先般の無礼を平身低頭で詫び、追従たらたら並べ立てるのに毒気を抜かれ、仕方なくその場を立ち去る。

影で見守る本蔵は、御家断絶は免れたと安堵する。そこへ遅れて現れた塩冶判官、遅刻を責める師直に、妻の顔世御前からの手紙を手渡す。

顔世御前への横恋慕をきっぱり拒絶する手紙に師直逆上、若狭助にへいつくばった悔しさも手伝って、判官へのイビリがエスカレートする。

初めはぐっとこらえていた判官、鮒侍と罵られ、ついに脇差を抜いて師直に斬りつける。なおも追い回す判官を、本蔵が抱き止める隙に師直は逃れおおせる。

要するに塩冶判官はとばっちりの八つ当たりで刃傷に及ぶという、意外と知られていない展開なんですが、ここまでが事件の発端、殿中刃傷の段。

のこのこ妻の手紙を他の男に届けて逆ギレされ、そのあげくに刃傷、切腹っていかにも塩冶判官が間抜けに見えますが、それでは判官がちと気の毒。

実はカットされたその前の段で、恋人の勘平に逢いたい一心で、顔世御前の腰元・おかるが、なにも今日届けなくてもいい手紙を届けに来ちゃったんです。

判官は手紙の中身を知らずに、会ったついでに師直に渡してしまい、そのせいで殿中が大騒ぎになってるというのにおかる勘平は物陰でいちゃいちゃ。

そして事件を知って御家断絶は必至と、手に手をとって逐電するという、文楽作品中随一のバカップルが直接の原因なんですが、今回彼らの筋は全面カット。

このバカップル中心の筋が有名な五、六段目で、さらに愚行を重ねて勘平も腹切りという報いを受けますが、それはまた他日上演のあった時に。

この場の太夫は若手の豊竹靖太夫。師直の判官へのイビリは、そんなに女房が大事なら家にいろ、お前は井戸の中の鮒だ、鮒侍だと、コミカルな台詞で、

なんだかチャリ場(コミカルな場面)めいて聞こえますが、その結果起きる事件の重大さを考えると、靖太夫軽すぎるかな。

十二月の文楽公演は若手中心で、人間国宝の重鎮たちの出演はありません。なので本日のメインイベント、判官切腹の段の太夫も若手の竹本織太夫。

閉門蟄居となった判官のもとに、最終処分言い渡しの上使がやって来て領地没収の上切腹という厳しい沙汰が下される。

すでに覚悟の判官は紋服の下に白小袖の死装束を着込んでいた。切腹の準備が進む間、城代家老の大星由良之助が国許から到着するのを待ちかねる判官。

由良之助の息子で小姓の力弥に「由良之助はまだか」と何度尋ねても「未だ参上仕りませぬ」、もはやこれまで、と短刀を突き立てた瞬間、

由良之助がようやく駆け込んで来る。苦しい息の下で判官は、この無念を晴らしてくれと、九寸五分の短刀を由良之助に託して息絶える。

由良之助は血染めの刀を押しいただき、涙を流す。判官の亡骸は妻や家臣に付き添われて菩提寺に送られ、屋敷は明け渡すこととなる。

ここまでが有名な四段目、判官切腹の段であります。この大役を担った織太夫、新聞には非常に緊張していると談話が出てたけど、まずは大過なく勤めました。

次の城明渡しの段は閉門となった屋敷から由良之助が去っていく無言劇。背景がパタンパタンとめくられるたびに城門が遠ざかる遠近法を駆使します。

歌舞伎の演出を取り入れたものだそうで、詞章は由良之助が形見の九寸五分を取り出してじっと見入るその時「はったと睨んで」のひとことだけ。

それでも床に太夫と三味線が控え、太夫は竹本碩太夫、知らない人だなあ。写真を見るととても若そうな人でした。

ここで終わっても良さそうなもんですが、このあと「道行旅路の嫁入」という、にぎやかな景事(踊り)っぽい段があります。

実は加古川本蔵には小浪という娘がいて、由良之助の息子の力弥とは許嫁。浪人となって京の山科に住む大星家に、いわば押しかけ嫁入りに行くのです。

付添は本蔵の後妻で小浪の義母・戸無瀬のみ。実はこの段は、全十一段中最も重要とされる(内容は複雑なので割愛します)九段目の序章に当たります。

九段目の上演がない以上、なくてもいいような段なんですが、重苦しい切腹、城明渡しのあと、華やかに賑やかに打ち出そうという配慮なんでしょうか。

しかしストーリー的には中途半端で、戸無瀬と小浪も松切の段にちょろっと出てきただけなので、観客はもう忘れてるというか、誰この人達、って感じ。

私は一応、歌舞伎も文楽も(めったに上演されない十段目を除いて)何度か通しで見てますから、なんか変なの、で済みますが、

一緒に見ていた初心者の友人は???だったんではないかしら。後日、新聞の劇評にも、疑問の残る構成だ、と出ていました。

若手中心の十二月公演だからこそ、ベテラン観客も初心者も納得できる、大胆かつ丁寧な構成を考えていただきたい。そう感じた今回の忠臣蔵でした。

ところで、年末にBSプレミアムで放映されたドラマ『中村仲蔵 出世階段』はすんばらしかったです。中村勘九郎が江戸時代の名優、中村仲蔵を熱演。

弟の中村七之助も重要な役で出ていて、他にも尾上松也、脇役も中村屋のお弟子さんたちで固め、歌舞伎役者大量出演の歌舞伎ドラマです。

中村屋兄弟もあーやっぱりホンモノだなあという名演でしたが、特筆したいのは朝ドラや紅白歌合戦で実力を遺憾なく発揮している上白石萌音ちゃん。

仲蔵の妻の役ですが、吹き替えなしで見事に三味線を弾きこなし、長唄や端唄をうなる姿に惚れ惚れ。朝ドラと収録被ってたんじゃないかなあ。

再放送は現在未定ということですが、そのうち地上波であるんじゃないでしょうか。歌舞伎や文楽に興味があってもなくても必見です。お見逃しなく。

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