スタッフN村による着物コラム

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今年の桜は全国的に早いですね。我が山里では普通入学式の頃に満開なんですが、こんなに早いと気もそぞろ。

在原業平の「世の中に絶えて桜のなかりせば」という歌につくづくうなずいてしまう今日このごろ。

とはいえ、ついついうかれ出てしまうのが人情というもので、3月末、隣町の日の出イオンモールで買い物のついでに花見ウォーキングとしゃれこみました。

日の出町からあきる野市にかけて、いくつも桜並木があり、このあと出てくる秋川キララホールの裏手はほとんど桜のトンネル状態。

公園でもなんでもない公道の両脇に桜が植えてあり、安っぽいプラスチックのぼんぼりや提灯も、宴会の人もなく、静かに花見散策が楽しめます。

特に中学校と特別支援学校に挟まれた通りはほとんど人通りも車も来ず、ほのかに花の香まで漂う夢のような道でした。超穴場です。

 

95.春風亭一之輔独演会@秋川キララホール

3月は落語会が2つ重なってしまいました。しかも同じ秋川キララホール。それというのも、みんなコロナのせいなのです。

318日の春風亭一之輔独演会、チラシを良く見てください。これ、間違いじゃないんです。もともと令和2年の328日に開催のはずだったのです。

で、チケットの半券には202081日となっている通り、3月から8月に延期されました。

しかしチケットは満席で売られていて、8月時点の開催条件に合わず、さらに延期。再延期の日が近づく中、緊急事態宣言は321日まで延長になりました。

こりゃ、再々延期か、中止かなあと思っていたところ、ホールから電話。開催はするけれど、18時開演を16時開演に早めるというのです。

そして、お手持ちのチケットの席番を移動する可能性があるというので、ちょっと突っ込んで聞いてみました。

要は、土曜の昼から平日の夕方への変更で、かなりキャンセルが出て、二時間早めることでさらにキャンセルが増え、結果的に入場者数を半数近くにして、

緊急事態宣言中の開催条件に合致させようという算段らしい(笑)。で、グループごとに空席を作ってディスタンス席にするということみたいです。

出かけてみると、幸い私の席は変更にならず、両脇二席ずつ空いてました。一人だし、隣町だし、着物は着ませんでした。

客席はほぼ半分くらい空席で、一之輔の会にしては年齢層も高い。そりゃ平日の16時開演に来られる現役世代ってそうはいないよねえ。

検温、手指消毒、セルフもぎりはデフォルト、当日の座席変更表、緊急時連絡先の記入と、なんとか開催にこぎつけてくれたホールの努力に感謝です。

 

開口一番は一之輔の弟子の貫いちで『子ほめ』。はきはきと元気よく、1月に立川で聞いたごはんつぶのよりはるかに上出来。

そして一之輔登場。延期に次ぐ延期で、さぞかしぼやきから入るかと思ったら、案外神妙に、こんな時期のこんな半端な時間に来てくれたお客に感謝。

コロナ渦のステイホーム中、買い込んだ大量の缶詰を、缶切りでキコキコ開けてやったら息子がびっくり、今の子は缶切りの使い方を知らなくて、

「すげえ、バックしてる!かっこいい」と喜ぶので、今度はコンビーフ缶を大量に開け、巻取り鍵を腰にジャラジャラぶら下げて監獄ごっこ、

また、森(前)オリンビック組織委員長の発言絡みでの奥さんとのやりとりなど、家庭内のたわいなくも微笑ましいエピソードで笑わせ、『真田小僧』へ。

父親に小遣いをせびろうと、母親の浮気を匂わせるような話を小出しにして、続きを聞きたければはい十円、二十円と釣り上げるこましゃくれ息子。

なんのことはない、按摩を呼んで揉み療治してもらっていただけなのだが、まんまと六十円巻き上げられる。帰ってきたおかみさんに「何の話?」と聞かれ、

「聞きたければ十円出しな」。これがなんで『真田小僧』かというと、子供の悪知恵と真田幸村初陣の知恵を比べて…と続くのだが、今はほとんどカット。

一之輔の演じる子供はホントにこまっしゃくれてるけど、それでいてカワイイ。以前立川で「子供ネタ!」とリクエストがかかり、『子別れ』やったのも納得。

そのまま高座を降りず、軽くまたマクラを挟んで『壺算』へ。

女房に二荷(一荷が天秤棒の両端にかけて一人の肩に担える量の単位)入の水瓶を買ってこいと言われた男、買い物上手の長さんと瀬戸物屋へ。

長さんはまず三円五十銭の一荷入りの瓶を三円に値切って買い、外へ出る。俺は二荷入が欲しいんだという男に、長さんはまあ見てろと店に戻って、

すまねえ、欲しいのは二荷入だった、と、七円の二荷入を今度は六円に値切り、要らなくなった一荷入を三円で引き取らせる。

で、さっき三円渡したよな、はい、ここに三円あります、で、この一荷入を三円で引き取ってくれるんだから合わせて六円、じゃあこの二荷入もらってくぜ。

ちょ、ちょっとお待ちを、なんかへんだな、と算盤を持ち出す店主に、さっき渡した三円を入れてみろ、はい入れました、そこに下取りの三円入れてみな、

はい、たしかに六円になりますが…ちょ、ちょっとお待ちを、と、店主は混乱し、パニックに。

長火鉢が欲しいとやってきた他の客そっちのけで算盤を弾くが、どうにも納得がいかず、ブチ切れた店主、ええ、もうこの一荷入も持ってってください!

いや、一荷入は要らねえんだ、そうおっしゃらず、このいただいた三円もお返しします!…がサゲ。聞いてるこっちもわけわからなくなりそうです。

こういう勘違い話は世界中にあるそうで、落語じゃなくても聞いたことがあるかもしれません。『時そば』よりはるかに高等で、そして高額ですね(笑)。

ただねえ、一之輔、ここでサゲを言い間違えたんです。「この三円」というところを「一円」と言っちゃったんですね。

ここまでお読みの方はお気づきかもしれませんが、この前の『真田小僧』で子供が親から巻き上げたお金が六十円、『壺算』の水瓶が六円。

ちょっとお金の単位が混乱しますね。『真田小僧』では戦後の、昭和30年代くらいかな、『壺算』では戦前の、昭和初期くらいの貨幣感覚ですよね。

それで「あれ?」と思って言い間違えたのかなと推量しました。いつもこの単位でやってるようですが、続けてやるとちょっとひっかかるところです。

それはともかく、混乱した店主のパニックぶりが最高におかしくて、私の後ろの席のおばさんがヒイヒイ言いながら笑ってるのがうるさくも微笑ましい。

前半でたっぷり二席堪能し、休憩挟んで後半に入ります。

 

バツが悪そうに出てきた一之輔、のっけから「先程、オチを言い間違えまして」と始めました。「気がついてない人は気がついてないかもしれないけど、

本人が気づいてないんじゃないかと思われるのもシャクなんで」と、何をどう間違えたかは言わない(笑)。

「でも気がついてない人は相当うっかりしてますよ」と、毒舌をかますのも忘れない。そして噺は季節柄もよく『花見の仇討』へ。

長屋の仲良し四人組が、花見の余興に仇討ち芝居を計画。浪人者、それを仇と狙う兄弟、仲裁役の六十六部(巡礼僧、略して六部)と役を決め、稽古に励む。

いざ当日、六部役の男が、途中で伯父に出会い、しこたま酒を飲まされてダウン。兄弟役の二人は本物の仇討と思い込んだ武士に励まされる。

桜満開の上野の山で待ち受ける浪人役は、演出上吸い続けた煙草で喉カラカラ。ようやく兄弟役の二人がたどり着き、段取り通りやり取りが始まる。

仲裁役の六部が来ないまま、三人は本身を抜いてへっぴり腰のチャンバラを始めるが、いつまでたっても仲裁が入らないのでもうヘトヘト。

そこへ先程励ましてくれた武士が「助太刀いたそう」と入って来たので、驚いた三人、揃って逃げようとする。

「これこれ、逃げるには及ばん、拙者の見るところ勝負は五分だぞ」と言う武士に「五分、いいえ、肝心の六部が参りません」がサゲ。

サゲが少し難しいせいか、あまり他の人がやらない噺ですが、一之輔は得意にしてるそうな。私は生では初めて聴きました。

段取り通りのへなちょこチャンバラが延々と続き、一之輔は腕を振りっぱなし。演者も疲れるので、やる気のないヘトヘトの三人がリアルでとてもおかしい。

『真田小僧』で軽く入って、『壺算』、『花見の仇討』はかなりの大ネタ。独演会と言ってもゲストがいたり、二席で終わるのが普通だから、大サービスです。

一昨年だか、立川での一之輔独演会では、コアなファンに囲まれて毒舌を吐きまくり、ドン引きした私ですが、今日は大満足。

年配客も多く、のんびりした田舎のホールですから、追っかけやマニアも少ないとみて、毒舌はマイルドに、芸はきっちり。

客席を見てやり方を調整できる人なんだなあと改めて見直しました。来年の今頃もまた来ると、さっきホールの職員と話し合ったという言葉に大きな拍手。

一之輔は田舎のホールで聴くのがいいな、とつくづく思った次第です。来年もまた来ようっと。

 

翌週、同じホールで立川談笑・桂宮治二人会も見たのですが、一之輔と対象的に、いささか乱暴な言動とネタ選びでげんなりしました。

少なくとも、私は今後談笑目当てにチケットを買うことはないだろう、ということだけ書き留めておきます(笑)。

 

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