スタッフN村による着物コラム

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落語界でただ一人の人間国宝・柳家小三治師匠が亡くなられました。

4月にチケットを取っていた小三治一門会が師匠の体調不良で中止になり、心配していたのですが、その後高座に復帰されたと聞いて一安心。

NHKのドキュメンタリー番組で、コロナ禍の中、病と闘いながら高座を務められる姿を拝見して、どっこい小三治ここにあり、と思った矢先の訃報でした。

飄逸にして融通無碍、あの名人芸がもう二度と見られないのは残念でなりませんが、数えるほどとはいえ師匠の高座を拝聴できたのは幸せでした。

人間国宝になられた前後、集中的に『青菜』を聴いて、正直「また『青菜』か」と思ったりもしましたが、今思えばなんと贅沢な経験だったことか。

おかげで師匠の『青菜』は記憶中枢に深々と叩き込まれました。ありがとうございました。そしてお疲れさまでした。心よりご冥福をお祈りいたします。

 

99. 緊急事態宣言下の落語会(下)

前回の落語会からしばらくして、一度緊急事態宣言は解除になったのですが、あっという間に4回目の宣言。しかしオリンピックは強行開催。

みるみるうちに東京都の感染者数は千人、二千人とうなぎのぼり。そんな中、815日、おなじみ立川のたましんRISURUホールに出かけました。

「春風亭一之輔のドッサりまわるぜ2021」。やめとこうかなあとも思いましたが、座席はディスタンスだし、立川だし、ワクチン打ったし、ま、いいか、と。

世田谷在住の友人夫妻がわざわざ立川まで遠征して来るので、アフターで一杯やるのを楽しみにしていたんですが、とてもじゃないけど無理。

その上、妻の方が2日前のワクチン接種の副反応で発熱してキャンセル。ちょっと寂しい外出になりました。

 

この会は、毎年一之輔が「ドッサりまわるぜ」と展開する全国ツアーの一環です。まず一之輔がTシャツに短パン姿でマイクを握って登場。

今やおなじみの一つおき空席の市松模様ながら、完売の客席を見て、コロナ禍中、しかもオリンピック最高潮のこの時期に足を運んだ観客に感謝を述べます。

一昨年のこの会では、あまりに乱暴で俺様な口ぶりにドン引きした私ですが、さすがにこの時期ホールに来る客に無礼な態度を取る芸人はいませんやね。

なんだか脱力系のイラストの入ったTシャツ、オリジナルグッズのようで、トートバッグと手ぬぐいと三点セットでお安くなってますと宣伝も忘れない。

開口一番は珍しく二つ目に昇進したばかりの弟子・与いち。二つ目昇進披露も兼ねてるのか。さすがに前座ネタではない『唖の釣り』。

そして一之輔、マクラはこの時期どうしてもオリンピックネタ。春の秋川きららホールでもそうだったけど、妙に森喜朗前オリンピック委員会会長に同情的。

すると、奥さんにものすごく怒られて、延々と説教されたらしい。要は女の話は長い、と言いたいのでしょう(笑)。

噺はまず『短命』。大店の伊勢屋の婿養子が次々と早死にして、ついに3人目のお葬式。それを不思議に思った八つぁん、ご隠居に訳を尋ねると、

婿養子を取る家つき娘の器量が良すぎるのが原因だという。「店は番頭に任せきり、奥の離れで二人きり、ご飯を食べるのも二人きり、

よそった茶碗を渡す、手と手が触れる、顔を見るとふるいつきたくなるようないい女…なあ? 短命だろう?」と、何度ご隠居に言われても納得行かない。

「手と手が触れる、見るとふるいつきたくなるようないい女…あーっ、そうかそうか!」ようやくその先を理解した八五郎、家に帰って女房にご飯をねだる。

勝手によそって食えという女房に、頼み込んで飯をよそってもらった八五郎、女房の顔を見て「ああ、俺は長命だ」がサゲ。

女房が飯をこってこてのてんこ盛りによそう仕草が実におかしい。そのまま高座を降りず、続けて始まったのは『堀の内』

並外れた粗忽者、信心しなけりゃ治らないと、堀の内の御祖師様にお参りしてこいと女房に送り出されるが、

神田の住まいを出て逆方向の両国へ向かい、また家に戻ったり、どこへ行くのかわからなくなってアタシの行くとこはどこでしょう、と人に尋ねたり、

すったもんだしながら御祖師様に着いて、弁当を広げると女房の腰巻きにくるまれた箱枕。帰ってなんてことしやがると怒鳴りつけたのは隣のかみさん、

伜を銭湯につれていき、いつの間にこんな彫り物なんか入れやがったとねじりあげるとそれは鳶の頭の腕、伜の背中を洗っているつもりでそこは羽目板…

こう文字で書いても粗忽を通り越してシュールですが、一之輔のテンポとスピード感で語られると、ほとんど狂気に近い(笑)。

ちなみにこの「堀の内の御祖師様」って、なんとなく川崎大師のような気がしていたんですが、今の杉並区堀の内、方南町の隣あたりだそうです。

で、日蓮上人を祀っているので「御祖師様」。だから神田から両国へ向かうのは真逆なんですね。行って弁当を広げて帰ってきて銭湯に行ける距離感。

調べてみるとちゃんと理にかなってます。なんとなく知ってるような気になってちゃダメですね(笑)。

 

中入り挟んで三席目は『寝床』。義太夫語りが趣味の大店の旦那。語るだけならいいが大好きな義太夫を人に聞かせたくてたまらない。

茶菓や酒肴を用意して、家作の店子や店の者に聞かせようとするが、これが殺人的に下手くそで、聞いた者は確実に体にダメージを受けるというシロモノ。

来ないのなら店子は追い出し、店の者はクビというので、不承不承命がけで集まった人々、酒をがぶ飲みして義太夫が終わる頃には全員酔いつぶれ白河夜船。

そのさまを見て呆然とする旦那、小僧の定吉が泣きじゃくっているのを「お前だけはアタシの義太夫に感動して泣いてくれているんだね」と喜ぶが、

「旦那様が義太夫を語った床、あそこがアタシの寝床でございます」がサゲ。おなじみのネタで、はた迷惑な素人芸をよく「寝床」という、その語源です。

いかに旦那の義太夫が殺人的か、そのエピソードに演者それぞれ工夫をこらすところですが、一之輔版で印象に残ったのは旦那と番頭のやり取り。

旦那は皆があれこれ理由をつけて断ろうとするのにスネて、布団かぶってふて寝しているところに番頭がやってきてなんとか語らせようと説得します。

もちろん聴きたいわけではなく、追い出されたくないだけなんですが、番頭の励まし方が安っぽいスポ根青春ドラマみたいでおっかしいのなんの。

一之輔は旦那でも大家でも先生でも、あまり年寄りじみた喋り方をしないので、妙にそれがハマるんですね。ちょっと新鮮な『寝床』でした。

 

久々に会った友人と、ビールのジョッキでも傾けたいところですが、そこはぐっと我慢して、喫茶店でコーヒー飲みつつ一時間ほどおしゃべりして解散。

それでも開いてる居酒屋は外までテーブルを出して、若者が大盛り上がり、無論マスクなどしていない。なんだかなあと思いつつ駅へ向かいました。

 

それから1か月、いまだ緊急事態宣言は解除されてません。もうどうでもいいや、ワクチン打って3週間、抗体量は今がピークだぜ、と再び立川へ。

今回は、6月の白酒・馬るこの会の時に、まだチケットが買えたので、その場でゲットした柳亭小痴楽・柳家花緑二人会です。

今回は白酒の時と同じ「笑ホール寄席」なので250人の小ホール。それが市松ディスタンスですから、完売ですが120人ほど。

最後列ですが10列目なので、大ホールなら最も前のブロック。この会場でこの顔付けはなかなかお得です。

開口一番は白酒の時と同じ縄四楼。お前さんここの専属かい?(笑)沖縄出身なので縄四楼だそうで、『やかん』は前回より良かったかな。

立川流は定席の寄席で前座修業できないから気の毒ではあるけれど、ま、精進してください。

次は小痴楽。小痴楽も花緑もテレビではちょくちょく見るけど、生では初めて。小痴楽は長髪イケメンで二つ目の頃から追っかけがいるほどの人気若手です。

親が落語家でなかったらなにも落語家にならなくてもと思うような顔立ちで、高座姿にも華がある。ネタも華やかな『崇徳院』。

崇徳院といえば日本三大怨霊の一人で、大河ドラマ『平清盛』での井浦新の怪演を思い出してしまいますが、こちらは可愛い恋のお話。

大店の若旦那が枕も上がらずにやつれはて、心配した親が幼馴染の熊さんを呼んで話を聞き出すと、これが恋患い。

寺参りで立ち寄った茶店で出会ったどこかのお嬢さんに一目惚れしたが、名前も住まいもわからない。手がかりは彼女が残していった短冊だけ。

短冊には百人一首にある崇徳院の歌の上の句「瀬をはやみ岩にせかるる滝川の」と書かれていた。下の句は「割れても末に逢はむとぞ思う」。

末は夫婦になりましょうというこころだと、熊さんを始め出入りの若い衆が手分けして、情報が集まるのは湯屋と床屋だと、何十軒と聞いて回る。

37件目の床屋で熊さん、恋患いのお嬢さんのために若旦那を探している男に出会い、お互い自分の店に連れ帰ろうと引っ張り合って床屋の鏡を壊してしまう。

嘆く床屋の親方に「いやあ親方、しんぺえしなくてもいい、割れても末に買わんとぞ思う」がサゲ。

サゲはただのダジャレですが、熊さんが一生懸命聞き回る口調が威勢よく、テンポよく、それでいて意外と(笑)行儀の良いきちんとした古典落語。

こりゃあ人気も注目もうなずけると納得。決して私がメンクイだからってわけじゃありませんよ。

 

お次は二人のトークコーナー。白酒の時のように、事前に客席から質問を受けているのですが、圧倒的に多いのが「親の七光りについてどう思いますか」。

五代目小さんの孫である花緑と、五代目痴楽の息子の小痴楽という組み合わせなので当然といえば当然ですが、花緑は平然と

「僕なんか、真打披露の口上で、おじいちゃんがこいつは息子じゃなくて孫だから、十四光だって言ってましたからね」ともう慣れっこのコメント。

早くに父を亡くしている小痴楽は「七光っていうか、子供の頃よく親父が古今亭志ん朝師匠のお宅に遊びに連れて行ってくれて、

師匠の奥様が親父たちと麻雀している間、志ん朝師匠によく遊んでいただいて」っておいおい、十分に七光だよ。

関連した質問として「(林家)三平についてどう思いますか」には場内爆笑。このへんの世代の落語家は三平をディスるのがなんかお約束になってるみたい。

「答えづらいですよねーこういうの」と花緑が苦笑すると、小痴楽は後輩だし、所属の協会も違うからか

「いや、三平師匠いい人ですよ、真打ち披露の配りものほめてくださって」とかなんとかフォローしてました。答えになってないと思うけど(笑)。

 

続いて花緑。何故か今までご縁がなくて生の高座は初めて。小さんの孫として早くからもてはやされていたので、なんとなく敬遠していたのかな。

二世三世を敬遠するなら先代金原亭馬生・古今亭志ん朝はどうなるんだと言われそうですが、あの兄弟はもう別格で、ご当人たちがもうレジェンドなんで。

ネタは『竹の水仙』。名工・左甚五郎が路銀を使い果たして泊まったボロ宿で、何日も大酒を食らって連泊。おそるおそる宿代を請求する主人に甚五郎、

裏山の竹を伐って来させ、蕾の水仙をこしらえる。これを水桶に挿しておけば翌朝花が咲く、買いたいという者が来たら町人は五十両、侍なら百両、

びた一文まけてはならないと言われて、主人が玄関脇の水桶に挿しておくと翌朝見事に咲いている。たまたま通りかかった長州は毛利の殿様が目に留めて、

用人をつかわして百両でお買い上げになる。驚き喜んだ主人が甚五郎に知らせると、なに、長州、それなら二百両でも良かったと言い放つ。

ここでも紹介したことのある『抜け雀』とほぼ同じ展開です。こっちは初めて聴いたかな。

しばしば文無し客をつかんでしまい、おかみさんに尻を叩かれる主人と、殿様から遣わされた用人とのやり取りに演者の工夫や個性が出るところですが、

花緑は喬太郎などイマドキの人気噺家を意識してか、イマドキっぽくやろうとして、リアクションがオーバー気味、ややクドく感じてしまいました。

ほんの微妙なところなんだけど、ちょっと好みではなかったな。ご縁のないままになりそうです。

 

いろいろ制限はありますが、やっぱりライブはいいなあ。ようやく宣言解除にはなりましたが、まだまだ今後も感染対策をしながらの鑑賞になるでしょう。

慎重に、しかしせっせと足を運びたいと思います。コロナによって大ダメージを受けたエンタメ業界の傷が、一日も早く癒えることを願ってやみません。

 

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