スタッフN村による着物コラム

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着物コラムのくせに久々の着物でスミマセン。

これは212日、国立小劇場へ文楽を見に行ったときのいでたちです。

雪の降った2,3日後で風のとても冷たい日でしたが、こう見えてぬくぬく秘密兵器を多用しています。

なんといっても今回は、秋のkimono gallery 晏の展示会で見つけた別珍の足袋を履きたくて、足袋からコーディネートを決めました。

表地は別珍、裏はネルで、底は金栗四三にピエール瀧が縫ってやった足袋みたい(わかるやつにはわかる)に分厚い。

もちろんヒートテックのレギンスを履き、足回りを固めてます。

肌襦袢代わりにヒートテックの七分袖シャツ、村山大島の羽織の下にはフリースのちゃんちゃんこが仕込んであります。

さらにウールのストールも羽織っていたので、ぜーんぜん寒くありませんでした。

この別珍足袋、もう季節は過ぎましたが、一足あると心強いです。おすすめです(と宣伝しておくw)。

 

77.文楽『大経師昔暦』鑑賞

せっかくなのでもう少し着物の話。足袋は別珍で臙脂色、これではやわらか物というわけにいかないので、どカジュアルな格子の紬にしました。

黄色ベースですが、赤、青、黒の入ったどっちにも転べる配色です。なんで、帯は赤黒の笹蔓文。これは赤地と黒地のリバーシブルでどっちも使えます。

さすがに着物の色が明るいので、黒地の方を選択。帯と同じ配色の半襟があるので、合わせてみました。古着屋で買った端切れですが。

帯揚げは上に羽織紐が来るのでうるさくならないよう着物の地色に合わせて、帯締めはやはり秋の晏展で買った黒ピンクリバーシブルの三分紐。

いただきものの珊瑚の帯留、アンティークなんで紐通しがすごく狭く、手持ちの帯締めに通るのがなかったんですが、ばっちり晏で見つけました。

羽織は毎度おなじみ村山大島。着物にかすかに青が入ってるので、唐突な配色にはならないかな、と。バッグは足袋にあわせて別珍の手提げ。

履物は、足袋が厚くて新しいので、履き込んでユルユルになった鼻緒じゃないとキツく、すっかりご無沙汰の黒エナメルの草履を引っ張り出しました。

足袋からコーディネートを決めていったのは初めてですが、なかなか面白かったです。1アイテム決めると芋蔓的にこれしかないな、と迷わないものですね。

 

さて今月は文楽です。『大経師昔暦』はけっこう珍しい演目ですが、溝口健二の映画『近松物語』の原作で、一度見たいなあと思っていました。

で、見終わってみて、文楽と映画、元ネタは一つでも、似ても似つかない作品でしたわ。追い追い比較していきますが、まずは文楽から。

元は実際にあった不義密通事件だそうです。大経師というのは禁裏御用達の表具屋で、暦の発行・販売を独占的に許された経師の長。

今日は翌年の暦の発行日、当主の以春は朝から朝廷や公家衆に新暦を献上して歩き、振る舞い酒に酔ってこたつで高いびき。

騒然とした店を横目にお嬢さん妻のおさんは、女中のお玉と子猫をじゃらして遊んでいる。浄瑠璃は女三宮の例を挙げ、おさんの行く末を暗示する。

重手代の助右衛門が口やかましく指図し散らかし、おさんが猫を追って行ってしまうと以春はむっくり起き上がり、お玉に抱きつき口説きかかる。

以春はかねてからお玉に懸想し、夜な夜な寝所に忍び込んで着物や金やあげくは家を持たせて囲ってやろうとあの手この手で誘惑する。

心に思う人のあるお玉は固く操を守っているが、さすがにもう我慢できん、おさん奥様に言いつけてきつく叱っていただこうと決心。

そこへおさんの実家の母が訪ねてきたので以春はとりあえず退散。おさんは喜んで母を奥へと迎え入れる。

助右衛門と違って女衆に評判のいい手代・茂兵衛が暦を配り終えて店に戻る。振る舞い酒を醒ましているところに、おさんが相談があると声をかけてきた。

おさんの父・岐阜屋道順が家を二重抵当に入れて金を借りてしまい、ひとまず銀二貫目を支払えば家は取られずに済むと話はついた。

半分はなんとか工面がついたが、あと一貫目がどうにもならない。かといって婿殿に頼むのは娘の肩身が狭いと両親が意地を張る。

助右衛門では以春に筒抜けだから、店の金を都合してくれないかと頼めるのは茂兵衛しかいないと言われ、一杯機嫌の気安さで受けあう茂兵衛。

以春の印判をこっそり持ち出し、白紙に押すと、それを見咎めた助右衛門、大騒ぎで家中の者を呼び集める。

以春に問い詰められ、助右衛門に小突かれても口を割らない茂兵衛を見かねたお玉が、それは自分の伯父のために茂兵衛に頼んだことだと言い出す。

密かに手を合わせるおさん母子だが、以春はお玉と茂兵衛の仲を疑い、嫉妬のあまり茂兵衛を隣の空き家の二階に閉じ込め、そのまま出掛けてしまう。

その夜、お玉の寝所におさんが礼を言いに来る。お玉は惚れた茂兵衛のためだと言い、実は以春に言い寄られ、今夜もここへ忍んでくるだろうと告げる。

怒ったおさんは自分がここに寝て、以春が来たら懲らしめてやろうとお玉と寝所を入れ替える。

一方茂兵衛は日頃つれなくしているお玉が、窮地を救ってくれた恩に感じ、せめて思いにこたえてやろうと二階を抜け出して忍んでくる

互いに相手を取り違えたまま過ちを犯してしまう二人。以春の帰りを知らせる声に迎えに出た助右衛門が提げた行灯の光で二人は顔を見合わせて愕然…!

 

はいホントにこの「おさん様か」「茂兵衛か「はあ」「はああ」でバタンと段切になります。漫画なら二人のアップで背景は黒ベタに稲妻フラッシュですね。

 

次の段は所変わってお玉の伯父で身元保証人の赤松梅龍の家。不義の仲立ちをしたかどでお玉が暇を出されて連れ戻された。

あのあと手に手を取って逃亡したおさん茂兵衛は、お玉の身を案じて訪ねてくるが、家の中からは梅龍がお玉を諭す声。

浪人で今は太平記の講釈師として糊口をしのぐ梅龍は、太平記の塩冶判官の例を引き、お主のためには潔く死ぬようにという声に、二人は号泣。

その声を聞きつけたのは通りかかったおさんの両親。父道順は娘を犬畜生よばわりしながらも嘆き悲しみ、母は逃亡資金を渡そうとする。

おさんは受け取ろうとしないが、落とした金を拾うなら後のお咎めもあるまいと、両親はわざと金を落として立ち去る。

物干し柱に寄り掛かるおさんと茂兵衛、物音に窓から顔を出したお玉の首の影が月光にくっきり浮かぶ。それはあたかも磔と獄門首のように見えるのだった。

 

どうにか茂兵衛の故郷、丹波の柏原まで落ち延びた二人、年を越した隠れ家に正月の門付け萬歳がやってくる。

祝儀を包んだおさんの顔を見覚えていた萬歳は、京の大経師のお内儀がなんでこんな山奥にといぶかしむ。

祝儀を余分に包んで口止めするおさんだが、茂兵衛が顔色を変えて戻ってくる。

すでに京からこの地の代官所に手配が回ったらしいと巷の噂。

ほどなく役人が大挙襲来、二人はおとなしく縛に付く。内々に済ませたい助右衛門が駆けつけ、二人の引き渡しを要求するが認められない。

そこへ梅龍がお玉の首桶を提げて現れ、おさん茂兵衛に罪はなく、すべてはお玉に罪があると首打って持参したという。

しかし唯一の証人・お玉の証言次第で、二人が助かる可能性もあったと、役人は梅龍の短慮を惜しみ、二人を京へ引っ立てていく…

 

はいここまで。このあと二人はあわや磔のところを道順ゆかりの僧の尽力で助かるらしいんですが、それはともかく、事の起こりは全部うっかりなんですよ。

お主への忠だとか親子の情だとか、延々と繰り広げられますが、そこに「恋」のこの字もないのです。

恋愛映画の大傑作と言われる『近松物語』の原作がこれえ? と、30年前に見て記憶もおぼろな映画を見直そうと、レンタルショップへ。

洪水のようなDVDの中から、「名作映画」コーナーの片隅でやっと見つけた『近松物語』。名匠溝口健二の作品はこれ一本でした。

小津安二郎は何本かあったけど、まあそんなもんか。ちなみに78日で108円でした。なんだかなあ。

映画のおさんは若く初々しい香川京子。茂兵衛は天下の二枚目長谷川一夫。お玉は南田洋子。以春は進藤英太郎。香川京子の祖父でもいい歳周り。

新藤英太郎といえば私なんか『一心太助』の大久保彦左衛門とか、『おやじ太鼓』とか、テレビドラマの頑固ジジイのイメージ。

助右衛門はいい人役を見たことない小沢栄太郎。当時は小沢栄の芸名ですが、もう『白い巨塔』の鵜飼教授っつったらこの人しかいないよね。

で、おさん茂兵衛が駆け落ちするまでが延々と長い。お玉と寝所を入れ替えるまでは同じだが、二人は普通に話してるだけで、手も触れていない。

おさんは30も年上の以春の後妻で、金のカタに嫁入りしたようなもの。放蕩者の兄が作った借金のために茂兵衛を巻き込んでしまう。

お玉の寝所に二人でいるところを見られ、茂兵衛が先に脱走するが、以春に対する不満がたまっていたおさんもふらりと家を出ていく。

あてどなくさまようおさんを茂兵衛が見つけ、家に帰りたくないというおさんを、仕方なく大阪へ連れてゆく。

なんとかおさんを京へ返そうとする茂兵衛だが、二人が身を隠している間に事はどんどん大きくなり、奉行所の手配が回って京へはもう入れない。

琵琶湖の辺りまで逃げた二人、この上はもう死ぬしかないと、湖に舟を浮かべ、見苦しい姿にならないよう、おさんの足をしごきで括りながら、

死ぬ前ならば許されようと、茂兵衛は初めておさんに恋心を告げる。それを聞いたおさんの返答がこの映画を傑作たらしめた(とされる)名台詞。

「それを聞いて死ねのうなった。死ぬのは嫌や、生きていたい」おさんは茂兵衛への愛に目覚め、この男と添い遂げたいと切望する。

その後のカットは湖畔の粗末な小屋が意味深に映され、ま、ここで二人は初めて結ばれたんでしょうな。

ここで本当の不義者(恋人同士)となった二人、もうおさんは茂兵衛に食いつくように離れない。

峠の茶屋でおさんだけ家に戻そうと、一人で山を下る茂兵衛を、挫いた足も厭わず、こけつまろびつ追いすがるおさん。獣のように抱き合って転げ回る二人。

ようよう丹波の茂兵衛の実家にたどり着き、納屋に匿われたところであえなく役人に捕らえられ、おさんは京の実家へ連れ戻される。

納屋に押し込められた茂兵衛は父親の手で解き放たれ、おさんのもとへ舞い戻る。再会した二人は母親に諭される間もかじりついて離れない。

結局二人は磔獄門となるが、縄でくくられ馬に乗せられ、引き回しの間も手と手をしっかり握りしめ、堂々と顔を上げて引かれてゆく。

…とまあ、映画の方はこうなってます。近松物はいくつも映画化され、『曽根崎心中』の梶芽衣子、『心中天網島』の岩下志麻も人形のように美しく、

もちろん23歳の香川京子も美しいのですが、この映画で最も人形っぽいのは長谷川一夫ですな。

当時46歳、茂兵衛にしては年食ってますが、スター嫌いの溝口監督に大映の永田雅一プロデューサーがねじ込んだ配役らしいです。

髷は崩れ、ざんばら髪で逃げ回っても、獄門引き回しになっても無精髭一本生えてません。ま、長谷川一夫だからなと言っちゃえばそれまでですが。

文楽ではついぞ二人の間に「恋」があったような描写はありません。捕まる直前におさんは「さていとしいは幼馴染の以春様」とさえ言っています。

まあ、最後の最後に助かるらしいので、二人の不義はあったようななかったような、曖昧にしておかなければならないでしょうけど。

文楽の以春は、おさんの「幼馴染」で年もあまり離れておらず、ただちょっと助平なだけで、そう悪いやつでもなさそうです。

娘を犬畜生呼ばわりする父親には、もともとあんたがしょうもない借金をした上に、婿に見栄を張るからこうなったんだろと突っ込みたいところ。

映画の以春は進藤英太郎ですから、ドケチで、親子ほども年の離れた若い女大好きのひひジジイ、おさんは借金のカタに後妻に来て、そこに愛情は皆無です。

借金を作った兄は甲斐性なしの道楽者で、母親(浪花千栄子!)はそんな息子に失望しつつも、家のためにおさんに犠牲を強いることはいとわない。

そんなしがらみを飛び出し、たった一人付き従う二枚目の手代に「お慕いしておりました」なーんか言われたらもう絶対元になんか戻れないよね。

おさんの境遇から見て初恋でしょ、これは。追い詰められて心中するのではなく、堂々と刑場へ引かれてゆく恋の勝利者たち。うーん、やっぱ名作、か。

ちなみにお玉は二人が出奔した後、やけに立派な伯父が迎えに来て、暇をとらされて終わり。ただの狂言回しで気の毒だけど、ま、首切られるよりいいよね。

 

今回は溝口健二が古典をいかに換骨奪胎したか、という検証に絞っていたので、文楽の太夫や人形遣いに注意が行きませんでした。

文楽は上演が稀な作品ですが、映画の方はDVDでいつでも見られます。しかも108円で(笑)。名優てんこ盛りの名作なんで、未見の方は是非。

 

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