スタッフN村による着物コラム

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10月に入ってようやく秋らしくなってきました。赤とんぼがひゅんひゅん飛び交い、ちょっと遅めの曼珠沙華が咲き乱れています。

我が家の畑の隅に毎年勝手に生えてくるコスモスもきれいに咲きました。

今年は草むしりのときに密生してたのを間引きしてやったので、樹勢(でいいのか?)が良く、花の大きさが揃っています。

一方こっちはいつの間にやら花壇を占領してしまったキバナコスモス。姉の友人が一昨年くらいに植えてくれたんですが、以後際限なく増えています。

コスモスって群生してるときれいだけど、一つひとつの花はすぐに散るので切り花にしにくいのが玉にキズ。

我が家では仏壇に供えられない花は使えねーやつとして認定されます。このあと咲き始める秋明菊も水揚げが悪いので、使えねーグループです(笑)。

 

839月の文楽鑑賞『心中天網島』

猛暑と長雨が10日おきくらいで続き、エアコンと乾燥機を交互に稼働させてやたら電気料金のかさんだ8月、ネタもなく、9月の更新サボってしまいました。

今年もとうとう夏着物を着る機会がありませんでした。9月に入りようやく文楽鑑賞の機会を得て、久しぶりの着物デーです。

幸い天気予報は晴れ。雨の日には絶対に着られない(ちょっと水しぶきがかかっただけでシミになる)塩沢お召の単を何年ぶりかで引っ張り出しました。

帯はちょっと迷いましたが、先だって当コラムでも紹介した、ご近所の断捨離でいただいて来た絽綴の帯を思い出し、これを使うことにしました。

夏物は綿と麻しか持ってなくて、金銀糸の入ったこの帯に合わせられず、登場機会がなかったのですが、9月中旬の単ならギリ大丈夫かなと。

着物は無地に見えますが、グレー地に黒の細かい格子柄で、ちりめん状のシボがあります。帯は未使用で、慣れない素材なので締めるのに四苦八苦。

しかもお太鼓柄! もう最近めんどくさくて帯は二部式か半幅、お太鼓でも全通か六通柄しか締めないので、えらい苦労しました。お太鼓キライ(笑)。

急に決めた取り合わせだったのと、夏の小物は手持ちが少なくて、なんだかぼんやりしたコーデになってしまいました。

劇場では偶然、当コラムでもしばしば登場するMさんにばったり。個性的な木綿着物でびしっと決まってます。

幾何学模様に見えますが、ねずみ小僧次郎吉柄だそうです。作家の名前を教えていただいたんですが、覚えられませんでした。

我々は昼の部のみであとはビールに向かってまっしぐらですが、Mさんはそのまま夜の部突入とのことで、劇場でお別れ。頭が下がります。

さて、昼の部の演目は『心中天網島』の通し。以前改作の『時雨の炬燵』を観て、あまりの原作破壊ぶりにげんなりしましたが、今回は正真正銘の近松作。

11時の開演時間に間に合うように、朝から着付けに奮闘し、駅まで車を飛ばして頑張ったのに、お約束の中央線トラブルで、中野駅で時間切れ(泣)。

その時点で一幕目の「河庄」はあきらめ、半蔵門駅前のほっともっとでおにぎりと惣菜を買い、入場だけしてだれもいないロビーでお昼ごはん。

「河庄」は1時間半あって、そのあと30分休憩なので、二幕目は1時から。はじめから一幕諦めるならもっとゆっくり出て来られたのに、恨むぜJR

上演中に「すいません、すいません」と言いながら席を探すのが大嫌い(他人がするのも自分がやるのも)なので、ここはすっぱり諦めます。

その間に今回の演目のストーリーをご紹介しましょう。近松門左衛門心中ものの傑作とされる本作品、女房子持ちの紙問屋の主人治兵衛は遊女小春と深い仲。

治兵衛様治兵衛様で他の客を見向きもしない小春に、抱え主は治兵衛とは会わせず、別の身請け話も進めている。

にっちもさっちもいかない二人は密かに心中を決意している、そんなギリギリの状態で幕が開く。

ここは曽根崎新地、小春が茶屋の河庄へ出勤すると、身請け話の相手・太兵衛が治兵衛をさんざんバカにし、俺の女房になれとしつこく絡む。

小春の今夜の客の侍が現れ、太兵衛をつまみ出す。しかし小春は挨拶するでもなくうつむいて、死ぬの自害のと物騒なことばかり口走る。

鼻白む侍に、茶屋の女房が事情を話すと、侍客は、心中などやめたほうがいいと、親身に相談に乗ってくれる。

折しも治兵衛は小春が河庄にいると聞き、魂も抜けたようにふらふらやって来る。格子越しに治兵衛は侍客と小春の会話を立ち聞き。

小春は本当は死にたくない、侍にしばらく客となって治兵衛の邪魔をしてほしいと言うのを聞いて逆上した治兵衛、脇差を格子越しに小春めがけて突き刺す。

侍がその手を捕まえ、刀の下げ緒で格子に縛り付ける。脇差を見て小春はそれが治兵衛だと悟るが、侍は小春を奥へ連れて行く。

もがく治兵衛を太兵衛が戻ってきてさんざんいたぶるところに侍客が再び出てきて追い払う。頭巾を取ると、侍と見えたのは治兵衛の兄・粉屋孫右衛門。

走り出てきた小春を女狐呼ばわりし、足蹴にしようとする治兵衛を兄は、人を騙すのが遊女の仕事、いい年をして妻子もある男がそのざまは何だと叱りつけ、

妻・おさんの父が離縁させると息巻いているが、治兵衛とおさんはいとこ同士で義母は叔母、その心痛を見かねて小春の本心を探りに来たという。

兄の言葉に打たれ、遊女に騙されていた愚かさを悔いて、小春とは縁を切る、小春と交わした起請文はすべて兄の手で燃やしてほしいと頼む治兵衛。

しかし小春の懐の起請文の中に、兄はおさんの手紙を発見。おさんは治兵衛を死なせてくれるなと頼み込み、それを受けて小春は心中を思いとどまったのだ。

兄は事情を察し、小春はその文を誰にも見せぬよう願う。何も知らない治兵衛は悔し紛れに小春を足蹴にして兄とともに去っていく…

はい、ここまでが「河庄」です。後半の太夫と三味線は呂勢太夫に人間国宝の鶴澤清治。

無人のロビーに呂勢太夫の美声と清治の鋭い三味線が響き、見逃したのはちょっと残念でした。

しかしここまででも、治兵衛ってほんとにダメ男でしょ? こんなヘタレ男を挟んで美女と賢女が葛藤するってのが、この演目の一番納得できないところ。

無事に連れと合流し、席についてお次は「天満紙屋内の段」であります。治兵衛は未練がましくコタツに潜ってグズグズめそめそ。

妻のおさんは使用人を指図しながら店の仕事に家事に奮闘中。遊びに出ていた子供たちを連れ帰った下女が、兄とおさんの母が店に向かっていると告げる。

おさんは慌ててぐうたら夫を起こし、治兵衛も算盤に向かって商売熱心なフリ。訪れた兄と母は、小春が今日にも天満のお大尽に身請けされると聞いて、

おさんの父がいよいよ離縁だと激怒していると言う。夫婦はそのお大尽とは太兵衛のことだと説明し、治兵衛は小春と縁を切ったという誓紙を書く。

ひとまず安心して誓紙を持ち帰る兄と母。しかし治兵衛はまたコタツへもぐりこみ、再びめそめそ泣き始める。それを見たおさんが治兵衛をなじる名台詞、

「女房の懐には鬼が住むか蛇が住むか、(中略)泣かしゃんせ、泣かしゃんせ、その涙が蜆川に流れて小春の汲んで飲みゃろうぞ」本作のキモはここだね! 

ちょっと話が横道にそれますが、太宰治の短編に『おさん』という作品があります。

例によって作者の実生活がモデルであろう崩壊夫婦の話で、女と心中してしまう亭主の、妻の心情として「女房の懐には…」の一節が引用されています。

10代の頃読んだときには、タイトルの由来も、引用部分の意味もさっぱりわからないお子ちゃまでしたが、なぜか強烈に印象に残っていました。

その後『心中天網島』に最初に触れたのは、篠田正浩監督の映画だったでしょうか、そういうことだったのか! とはたと膝を打った次第。

その後本当に愛人と心中した太宰が、この短編を書いていたことの臆面のなさには、呆れるやらアッパレな作家根性と思うやら、でもやっぱりヤな男だねえ。

以上余談。

治兵衛は悲しくて泣いてんじゃないやい、金がなくて身請けが出来なかったと、太兵衛に馬鹿にされるのが悔しいんだい、と負け惜しみ。

太兵衛に身請けされるくらいなら死ぬとまで言っといて、自分と別れた途端にけろっと手のひら返し、なんと不実な女かと小春をなじる。

それを聞いていたおさんは、はっと思い当たり、小春が治兵衛と別れたのは、自分の手紙を読んだから、ああ大変、小春は死ぬ気だと騒ぎ出す。

商売のための仕入れ金に、タンスの底をさらって子供の晴れ着まで質に入れ、小春を身請けしてその生命を救おうとするおさん。

おろおろとおさんの言うがままにしていた治兵衛が、でも小春を身請けしてうちに入れたら、お前はどうする? と尋ねる(バカじゃねーの、ホント)と、

子供の乳母か、飯炊きにでもしてくださいと言うおさん。さすがに愕然として、この治兵衛には神仏の罰があたらずとも女房の罰があたるだろうと伏し拝む。

おさんは治兵衛に黒羽二重の晴れ着を着せ、金拵えの脇差持たせ、立派な姿で送り出そうとする、そこへ怒り心頭のおさんの父が現れる。

さっきの誓紙は信用できぬと来てみれば案の定このザマ、なにがなんでも離縁だと、父は誓紙を破り捨て、いやがるおさんを無理やり連れ戻す。

はい、ここまでが「紙屋内の段」です。私的にはいちばん重要な段だったんですが、苦手の呂太夫で、睡魔と戦う羽目になり、ちょい残念。

さてさて、治兵衛はすべての事破れ、もはや心中決行しかないと、子供も置き去りに、大和屋で太兵衛に身請けされると決まった小春と会っている。

店の者も警戒する中、治兵衛は一人で帰ったふりをし、小春がこっそり出てくるのを待っている。そこへ兄が丁稚に息子を背負わせて治兵衛を探しに来る。

店の者が治兵衛は先に帰り、小春は大和屋に泊まると告げると、兄はホッとしながらさらに治兵衛を探して先へ行く。その背にそっと手を合わせる治兵衛。

もうこの色ボケ男は、兄の厚情も我が子の不憫もなんのその、兄ちゃん子供はよろしくねとばかり、スタコラサッサと死出の旅。

夜更け、小春が火の用心の拍子木の音に紛らわせて戸を開け、抜け出してくる。二人は手に手を取って、心中場所を求めてさまよい出る。

以上が大和屋の段。床はこの度人間国宝となった豊竹咲太夫、三味線は鶴澤燕三。咲太夫は現在唯一の「切場語り」です。

切場語りとは、落語で言えば大トリ、物語のクライマックスを語る、いわば看板太夫です。ロビーに人間国宝認定のお知らせボードがありました。

以前はでっぷりと体格が良かったのですが、この前見たときげっそりと痩せてて、ちょっと心配になりました。今回も連れは一瞬誰だ?と思ったとか。

しかし、昔はモゴモゴして聞き取りづらかったのが、口跡すっきりと明瞭で、痩せた割には声量は落ちず、国宝の貫禄充分でした。

いずれお父上の名跡・綱太夫を襲名するとかで、襲名披露公演が楽しみです。

あとは死ぬだけの二人ですが、「道行名残の橋づくし」という、近松ならではの名文美文の道行が付きます。

若手の太夫、三味線がずらっと並び、掛け合いとコーラスで謳い上げます。先年亡くなった国宝・鶴澤寛治の孫・寛太郎がすっかりオッサンの貫禄。

私が文楽見始めた頃、こども三味線弾きとして話題だったのになあ、と感慨にふけりつつ、小春治兵衛はたくさんの橋を渡って網島の大長寺に。

この期に及んでなお、おさんとの約束を破って治兵衛を死なせてしまうことを悔やむ小春。せめて別々の場所で死のうと、治兵衛は小春を脇差で一突き。

自身は水門に帯をかけて首を吊る。ま、それくらいでおさんへの義理も責任も果たせるもんじゃありませんがね。というわけで一巻の終わりであります。

アレ?と思ったのは、二人の衣装。チラシやパンフでは揃いの黒紋付なんだけど、小春は夜着のようなぞろっとしたなりで、治兵衛もなんか中間色の着流し。

夜中に抜け出してくるんだから、黒紋付は不自然ということなんだろうが、あんまり美しくない。ここでリアリズム追求しなくてもと思うんだけど。

小春を遣う吉田和生の解釈なのかな。朝日新聞の劇評でも疑問を呈されていましたが、どうですかね和生さん。前回私が見たのは黒紋付だったよ。

で、この話、おさんはあっぱれ貞女ということになってるらしいんだけど、私はちょっと違うと思うのね。

自分が身を引けば、誰も死なずに済む、その一心じゃないかと。都合のいい女といえばそうかもしれないが、子供の乳母で構わない、ってのは本音でしょう。

夫とはセックスレスだし、外の女にうつつを抜かしてるが、可愛い子供も二人あり、仕事もうまく回ってる。治兵衛なんか小春にくれてやっても惜しくない。

そういう意地とか張りを感じて、おさんは好きです。そんなおさんの意気に感じて、一度は治兵衛を諦めるけど、遊女の小春には治兵衛との恋しかない。

毛虫のような嫌な男に落籍されるなら、ごめんなさいおさん様、約束は破るけど、あたしは恋に死にます、ってこれもまあわからんでもない。

で、やっぱりわからんのは治兵衛。「蜆のあのいたいけな貝殻一杯ほどもない分別」と地の文で近松にも言われるくらいのダメダメ男。

歌舞伎ではこの演目と『曽根崎心中』は中村鴈治郎家の専売特許で、私も先代鴈治郎(現・坂田藤十郎)の治兵衛で見たことがあります。

同じ上方歌舞伎の片岡仁左衛門家はなぜかやらないんですが、それでよかった。仁左衛門様にこーんなキャラクター演じてほしくないもんね。

今回の治兵衛の人形は女形も得意な勘十郎。前回見た剛直っぽい玉男と違って、いかにもヘタレなつっころばしっぷりだったと思います。拍手!

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