スタッフN村による着物コラム

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このたびの、西日本から東海にかけての豪雨災害、連日の報道を見ては自然の猛威にただただ恐れ戦いております。

被災された皆様にお見舞い申し上げますとともに、困難な道のりとは思いますが、一日も早く日常を取り戻されることをお祈りいたします。

私の住む関東では6月のうちに梅雨が明けてしまい、連日猛暑と日照りが続き、ようやく降って来た雨に、脳天気にも喜んでいたのですが…。

畑の野菜もおかげさまで元気に育ち、友人に送ってやろうと収穫を始めたら、一日でこの量。

半分は友人に送りましたが、さてあとの半分、どうしたものか。

とりあえずこの日の夕食は、お隣でいただいたカボチャをプラスして野菜の天ぷら、ラタトゥイユ、モロQという野菜づくし。

それでも食べきれず、残りは冷蔵庫へ。でも明日もまた同じくらい採れるんだよな…

 

71.「落語教育委員会」in立川

しばらく芸能イベントから遠ざかっていましたが、久しぶりの落語会、ようやくネタにありつけました。

月曜日の昼間、しかもバイトの帰りなもんで、着物着るどころじゃありませんでした。会場にも一人、白大島でキメた女性がいただけかな。

この「落語教育委員会」は、柳家喬太郎、三遊亭歌武蔵、三遊亭兼好の三人会。

先年亡くなった柳家喜多八がオリジナルメンバーでしたが、喜多八亡きあと、兼好が新たに参入。ま、「新」落語教育委員会というところです。

喜多八の早世は本当に残念でした。小三治の高弟で、学習院卒という珍しい経歴から「殿下」と呼ばれ、やる気なさそーに高座へ上がり、

けだるいマクラをぼそぼそと語ったあと、噺に入れば威勢のいい江戸前の啖呵をぽんぽんと繰り出すその鮮やかさ。

長命であれば確実に名人と呼ばれた人であったろうと思います。合掌。

この会の名物は、落語の前の三人によるショートコント。最年長だった喜多八の代わりに加入した兼好は最年少。若いだけに元気がいい。

思えば喜多八はいつも台詞のないショボい役でした。今回は逃亡中の犯罪者・歌武蔵が、追って来た捕り方(笑)姿の刑事・兼好を銃撃して逃走。

駆けつけた後輩の喬太郎が「大丈夫ですか!?犯人は!?」と抱き起こすと、兼好は虫の息で犯人の行方を伝えようとするが、そこで喬太郎の携帯に着信。

喬太郎はのんきにキャバクラのお姉ちゃんとしゃべりだし、「あ、今、先輩が殉職しそうだからあとでね」と切ると、兼好に「大丈夫ですかあっ!?」

兼好が話そうとするとまた着信。「だからー、今大変なのよ、でさあ」としゃべり出す。何度かそれを繰り返すうちに兼好は絶命。

「ああっ、先輩! だから人の話を聞く時には携帯の電源を切らなきゃダメなんだ! 人の話を聞く時は携帯の電源を…」と繰り返し叫ぶ喬太郎。

そう、これは落語が始まる前に携帯の電源を切って下さいね、というアナウンス代わりのコント。毎回設定は違うんだけどテーマは同じ。

さすがにここまでやられて携帯を切らない強者はいません。演者苦心のこのコント、苦心するだけの効果はあるようです。

さて開口一番は女性二つ目の三遊亭美るくが『転失気』を一席伺い、一番手は兼好。

こないだ飯能で初めて見て、ほうなかなかやるじゃんと思った訳だが、「こちらのホールはまことになんと言いますか、ほどのいいホールで…」

あれ? こないだと同じマクラだ。こいつ、都心から少し離れた郊外のホールじゃ同じマクラ振ってんな。郊外ホール専門ファンなめんなよ。

ネタはさすがに前回とは違う。「植木屋さん、ご精が出ますね」とくれば夏の定番『青菜』だあ。

噺は以前国宝小三治の名演の時に詳しく述べたので省略。兼好はぽんぽんと威勢がよく、鯉の洗いに敷いた氷をほおばる所作がリアルでおかしい。

お屋敷の奥様の真似をさせられる植木屋の女房が、がさつにならずに妙に可愛らしいところがこの人の持ち味かな。

続いて喬太郎、このたましんRISURUホールの微妙な立地(駅から徒歩15分ほど)、立川という微妙に健全な街を微妙な褒め方で笑わせる。

(立川には競輪場があり、JRAの場外馬券売り場もあり、もともと米軍基地のあった街だから、地元民はお世辞にも健全とは言えないことを知っている)

定席の寄席がある上野、新宿、浅草、池袋なんてホント不健全、池袋なんていかがわしくて汚らわしい袋ですよ! などと不適切な発言を連発。

しかしかつての吉原にある、格式高い料亭・松葉屋での落語会に呼ばれたときのこと。行きはソープの呼び込みがやかましいが、

帰りに松葉屋のお土産の袋を持っていると、呼び込みたちも心得たもので、いっさいちょっかいを出してこない、という話から、舞台は江戸の吉原へ。

紅梅という遊女に入れあげる大工の辰、文までよこすから来てやったのに、女は他の座敷の宴会に出たっきり、待てど暮らせどやって来ない。

ひとりグチグチとぼやいていたが、向こうの座敷の騒ぎが癇にさわり、ついに若い衆を呼んで俺ぁもう帰ぇるぞと息巻く。

吉原に登楼して女が来ないから帰るというのは至って野暮な話だし、もう大門も閉まる時間で、朝まで吉原からは出られない。

なんかイヤミな若い衆と押し問答していると紅梅もやっと顔を見せ、しまいに大げんかとなって辰は店を飛び出してしまう。

すると向かいの店の若い衆が、うちの若柳って妓がもう辰つぁんに岡惚れして大変、ぜひにと言うので上がると、若柳は大喜びで下へも置かぬおもてなし。

紅梅へのあてつけもあって若柳に通い詰める辰、ある日吉原に火事が出て、急いで駆けつけると、

逃げ出した遊女が吉原を取り巻く鉄漿溝(おはぐろどぶ)で今にも溺れそうに浮き沈み。「おう、今助けてやるよ、手を出しな」と、顔を見ればあの紅梅。

「なんでえ、手前ぇか、誰が助けるもんか、潜っちまえ」「許して、もう首の所まで泥が来ちまってるよ」「薄情なやつぁ助けねえ」

「薄情なことなんぞしないよう、ご覧な、今度ばかりはこの通り、首ったけだよ」がサゲ。

非常に珍しい噺で、私も初めて聴きました。遊女が客を掛け持ちしたり、大門が閉まると帰れないとか、他店の女に乗り換えるのは禁物とか、

吉原のいろいろな風習がわかりにくくなってきて、あまり演じられなくなった噺だと、矢野誠一の「落語手帖」にも書いてあります。

「首ったけ」って言葉もあんまり使わないよねえ。喬太郎はこういう埋もれかかった噺をあえて高座にかけるけど、うーん、どうなんだろう。

廓話はただでさえ吉原のシステムを知らないとわかりにくいし、江戸っ子の野暮や粋という価値観まで関わってくる。サゲの首ったけもほとんど死語。

ひとりぼやいてる辰のキャラクターもなんか暗いし、若い衆のイヤミっぷりはちょっと喬太郎らしかったけど、もう少しキャラを作り込んでほしかったな。

ま、今回は「時そば」じゃなかったからよしとするか(笑)。

今回のトリは歌武蔵。喜多八がいた時はトリは3人の回り持ちだったけど、今もそうなんだろうか。

巨体を揺らして高座に上がるといつものように「えー、ただ今の協議についてご説明申し上げます」(相撲の物言いの後の審判長のアナウンス)と始める。

そして自己紹介、元は武蔵川部屋の力士で、先代武蔵川親方が師匠、同期はあの野球賭博で永久追放になった男…といきなり剣呑な話題に。

(はい、強烈な突っ張りで三役にまでなった貴○力ですね)こないだギャンブル依存症評論家としてテレビに出ていてビックリしました、とブラックな笑い。

さらに一連の貴乃花親方周辺のゴタゴタについてかなり辛辣なコメントを放ち、けっこうヤバいマクラの途中、ぴたっと語りを止め、

「スタッフの方、こちらのお客様が具合が悪くなられたようです、スタッフの方?」と呼びかけ始めた。客席はざわつくというより緊張感が漂う。

最前列の老婦人がぐったりして、夫らしい男性が抱きかかえている。会場側の対応が遅く、前座が舞台から飛び出そうとして、やっとスタッフが集まった。

老夫婦が無事に外へ出て、隣席の女性に歌武蔵が「ご協力ありがとうございました」と丁寧に頭を下げると、

冒頭のコントの衣装で喬太郎が「いやーびっくりしましたねえ」と突然舞台に現れ、長襦袢姿の兼好があわてて引き戻す。

これで場内の緊張感がほぐれ、楽しい空気が戻りました。喬太郎、何やってんだと一瞬思ったけど、リスキーな役回りながら好プレーだったと思います。

歌武蔵、慌てず騒がず、落語と同じような芸に講談がありますが、こちらは長い話を何日もかけて、一番いい所で切って、続きは明日とやるんですな、

お、くしゃみ講釈かなんかかな? と思ったら、こちら立川のあたりは新選組の地元で…と始まった。おやおや落語で新選組は珍しい。

幕末京都で尊王攘夷派を新選組が急襲した、いわゆる池田屋事件を講談調に語る「池田屋」でした。

幕末オタク、というか司馬遼っ子の私としては、『燃えよ剣』といくつか違う所があったのが気になったけど(沖田総司が百姓の子とか)、それはさておき、

今回はアクシデントの対応も含め、歌武蔵の風格(体格ばかりじゃない)というものに感じ入った次第です。

次回は同じ立川で(こっちは大ホール!)春風亭一之輔の独演会。初めての一之輔、楽しみだなあ。

 

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