スタッフN村による着物コラム

「オキモノハキモノ」 に戻る

裏山に彼岸花が咲きました。水引やリュウノヒゲの花も咲き乱れ、秋の野山は色とりどり。

可憐な写真とはうらはらな話で恐縮ですが、先日この近くでニホンカモシカの死骸を発見しました。子供のようで、大きさは大型犬くらい。

タヌキやムジナなら埋めちゃうところですが、特別天然記念物だし、そりゃちょっとマズいよね、と市役所に連絡したところ、

市立博物館に知らせてくれというので電話すると、すぐに担当者が飛んで来て、写真を撮ったり状況を聞かれたり、さながら現場検証。

なんでも文化庁に報告しなければならないとか。なかば白骨化していて、骨を欲しいという人もいましたが、いやいやそれはちょっと、と言われて断念。

ゴミ収集の担当者が来てきれいに片付けて行きました。皆さんも自宅の敷地でニホンカモシカの死骸を見つけたら、きちんとその筋に連絡を…

ってそんなやつぁめったにいねえ!

 

63.立川談春独演会『文七元結2017.夏』

落語仲間の友人から、ツレが行けなくなったとチケットが回って来ました。なんつったってプラチナですからね、飛びつきましたとも。

わーい、談春久しぶりです。近頃ドラマではよくお見かけしてましたけど、落語はホントご無沙汰です。

9月7日ということで、まあギリギリ夏着物オッケーかなと、透けるシルクウールを引っ張りだし、帯はこないだ水戸でもらって来た保多織の半幅。

あかしさんのガラスの帯留、バッグは姉のお手製でこれもスケスケの夏限定モデル。下駄も水戸でのもらいもの。安くあげてんな(笑)。

この着物、真夏には暑いし、透けるので単衣の時期にはマズいしと、梅雨寒や秋のほんのとば口にしか着られない困ったちゃんですが、

この日はうってつけのうすら寒い雨模様。黒地だしウールだしで、多少雨やハネがかかってもへっちゃら。足袋は念のため色足袋にしました。

ちなみに写真は、デビューしたてのスマホで自撮り。いやー、ガラケーで十分と思ってたけど、使ってみると便利ですね、って何を今さら。

会場の日本青年館は神宮球場のお向かいにある、新装なったばかりの新しいホール。1249席というなかなかの規模ですが、当然ながら満員御礼。

談春は弟子をすぐクビにするんだそうで、普通なら開口一番で前座が一席やるのだけど、いきなり談春登場であります。

今日は『文七元結』とネタ出ししてますが、これはトリネタ。談春追っかけの友人によれば、いわば本人が前座を勤めるので、ネタ出し以外に2席だそうな。

マクラにドラマの話を振って来て、TBSの日曜ドラマにはどうも落語家枠ができたらしいと笑わせる。

ご本人は池井戸潤原作モノの常連で、『下町ロケット』で実直な経理部長、『ルーズヴェルト・ゲーム』ではイヤミなライバル会社の社長でした。

この前の『小さな巨人』では、桂文枝が大会社の会長、春風亭昇太がセコい警察署長。次の池井戸作品『陸王』からはオファーがない、とやや不満そう。

で、噺に入ると、おや、与太郎物だ。ほう、『かぼちゃ屋』か。

実は来る道々、談春っていつも大ネタばっかりだけど、滑稽噺とか聞いたことないなあ、と思っていたのでした。

前座ネタなんてできるのかな? できても重たすぎるんじゃないのかな? なーんて考えていたんですが、はい、とんでもないですね。

そこは滑稽噺の名手・先代柳家小さんの孫弟子に当たる芸筋です。与太郎は見事なバカでした。

二十歳にもなる与太郎の行く末を心配した叔父さん、親の稼業だった八百屋をやらせようと、とりあえずかぼちゃの振り売りに行けという。

「大きいのは十三銭、小さいのは十二銭、いいか、これは元値だ、上を見て売るんだぞ」「あいよ、わかってるよ」ってんで天秤棒を担いで町へ出た。

なかなか売り声も上げられず、荷は重い、まごまごしていると親切な男がいくらだい、十三銭と十二銭?そりゃ安いと買ってくれた上に、

近所の長屋の衆にも声をかけ、たちまち完売。その間与太郎は、上を向いて「あ“〜〜〜」と奇声を上げ続けていただけ。

空荷で戻って来た与太郎に叔父さんは喜ぶが、元値で売ったと聞いて「上を見ろと言ったろう」「うん、上を見てあ“〜〜〜って言ってた」

なんだそりゃ、ミサイルでも飛んで来るのかとクスグリ。Jアラートの音だったのね。

「上を見る、ってのは掛け値をするってことだ、掛け値ができなくて女房子が養えるか、もう一度売って来い」ってんでまたさっきの路地へ。

「なんだまた来たのかい、ところでおまえさんいくつなんだ」「六十」「えらく若く見えるがなあ、どう見ても二十歳くれえだ」

「そう、二十歳が元値で四十は掛け値」「歳に掛け値をするやつがあるか」「だって掛け値をしなくちゃ女房子が養えねえ」

上を向いて奇声を上げる与太郎がなんとも可愛らしく、客席は笑いの渦。談春の落語でこんなに笑ったことない。いや、お見それしました。

そのまま高座を下りず、雑談風のマクラ。今年に入ってずっと、夫婦とはなにか、ってことを考えてまして、いや、うちがどうこうってんじゃないですよ。

籠池夫妻から始まって、NHKはよくまあ船越さんを下ろさないですね、昭恵夫人ってのも何なんですかね、安倍総理見てると永六輔を思い出すんです…

などなど、時事ネタで笑わせつつ二席目に。

病で余命幾ばくもない妻が、かいがいしく看病する夫に、私が死ねばあなたは周囲の勧めに抗えず、後添いをもらうでしょう、それが心残りだと訴える。

婚礼の晩にお前が幽霊になって出てくれば、何度縁談が来てもそのうちみんな気味悪がって諦める、だから必ず出て来ておくれ、と約束して妻は亡くなる。

大店の若主人の夫をうるさい親戚筋が放ってはおかず、ほどなく縁談がまとまり、夫は新しい妻を迎える。

婚礼の夜、夫は前妻の幽霊を今か今かと待ち構えるが、幽霊は一向に現れない。十日も待ったあげく夫は諦めて新妻と仲睦まじく暮らし始める。

子供も生まれ、三年目の法要の晩、ようやく前妻の幽霊が現れて恨み言を言う。だってお前、婚礼の晩に出なかったじゃないか、あたしゃ十日も待ったんだよ。

それはご無理というもの、あたしが死んだとき、頭を剃って坊主にされてしまいました。坊主では嫌われると思い、髪が伸びるのを待っていたんです。

『三年目』ですね。私は生で聴いたのは初めてかな? 賑やかなあーうーの与太郎とは打って変わって、しっとりと静かな語り口。

病に伏せ、はかない願いをかきくどき、幽霊となってもしおらしく可憐な妻を見事に描写。いやー芸幅広いわー。見た目コワモテだから余計に落差が大きい。

ふうーむと改めて感心した所で仲入り。

 

さて、予告ネタの『文七元結』。長兵衛さん、まあそこへおすわり、と、いきなり佐野鎚の女将の説教。これにはちょっと驚いた。

この噺、普通は腕のいい左官の長兵衛が博打にハマり、すってんてんになって法被一枚ですごすご朝帰りの場面から始まります。

長屋へ帰ると女房が、娘のお久の行方が知れないと大騒ぎ、そこへ吉原の大店・佐野鎚からの使いが長兵衛を呼びに来る。

長兵衛は女房の着物をひっぱがし、荒縄でぐるぐるっと巻き付けたなりで佐野鎚に出向くと、そこには娘のお久が、とここまでをばっさりカット。

冒頭から延々と女将の説教が始まり、なぜお久がここへ来たかが語られる。

お久は十六歳、家の窮状を憂い、女将に「あたしを買ってください、そのお金でお父つぁんの借金を返して下さい」と言って来た。

佐野鎚は長兵衛が左官の腕を振るったお得意先、お久も父親の現場をしばしば訪れていたので、女将とも顔なじみだったのだ。

談春は自伝『赤めだか』で、若い頃競艇選手を目指したほどの競艇好きだったと書いていて、博打狂いへの説教には定評がある。

諄々と長兵衛をいさめ、借金はいくらだい、五十両? じゃあこの子を一年

預かるからこの五十両で借金を返して、一生懸命働いてうちへ返しにおいで。

一年後、返せなかったらこの子を店に出す(女郎にする)よ、と宣言。娘を女郎にしてなるものかと、五十両を抱えて吾妻橋のたもとへさしかかる長兵衛。

そこに今にも橋の欄干から飛び込もうとする若者が。あわてて引きずり下ろし、事情を聞けば小間物問屋の手代の文七、集金した五十両を掏られてしまった。

お店にも帰れず、死んでお詫びをという文七に、長兵衛は頼れる親兄弟親戚はねえのか、お店に詫びを入れて働いて返せとあれこれ助言するが、

天涯孤独の身で、拾って下さったお店の主人はあまりにいい人で、自分を責めないとわかっているから、申し訳なくて余計に帰れないという。

長兵衛は懐の五十両を握りしめ、あれこれ逡巡を始める。ここもまた談春独特。普通は長兵衛さん、江戸っ子の脊髄反射で五十両を投げつけ駈け去っていく。

落語ではあまり聴いてないんだけど、歌舞伎は何度か観ていて、先年亡くなった十八代目勘三郎の長兵衛は絶品だったね。

「死んじゃいけねえよおおお」と叫びながら花道を引っ込んで行った、あの声が今も耳に残ってます。

それはさておき、談春の長兵衛は、この五十両は娘がその身を形に入れて作ってくれた大事な金、しかしこの若者は五十両あれば死なずに済む。

そうか、生きてちゃいけねえのは俺の方だ、この金は俺の金じゃねえ、この男を生かすための金なんだ、とかなんとか理屈をこね回し、

おめえは五十両がなきゃ死ぬんだろ? 俺は別に死なねえ、娘だって女郎になるだけで死ぬ訳じゃねえ、患わねえように神棚に手を合わせてやってくれ、

と、固辞する文七に五十両を投げつけて去って行く。歌舞伎だとここで長兵衛の長屋に場面が変わるんだけど、落語は便利だね。文七はお店に戻ります。

お店では文七が帰らないので大騒ぎ。実は文七、集金先のお屋敷でつい碁に夢中になって五十両を置き忘れ、それがお店に届いていたのだ。

文七が長兵衛の五十両を差し出すと、さあその奇特なお方はどなただと、番頭が文七を問いつめるが、名前も住まいもわからない。

唯一思い出したのが「佐野鎚」という名前。それでピンと来る番頭に、主人はこいつ遊んでるなとちょっぴり疑惑の目を向けるが、まあそれはよしとしよう。

カラスカアで夜があけ、長屋では長兵衛と女房が夜を徹して夫婦喧嘩の真っ最中。「だから五十両は俺が働いて返すっつってんだろ!」

「何言ってんだい、博打の五十両だって返してないんだから、合わせて百両だろっ!」「あ!そうか!うわ、どうしよう…」

そのさなか、主人と文七が訪れる。夜のうちに佐野鎚に確かめたのだ。丁寧に礼を述べ、主人が五十両を差し出すが、

一度人にやったものを江戸っ子がはいそうですかと受け取れるか!と虚勢を張る長兵衛。続いて差し出された角樽の酒に、これなら喜んでもらうけどよ。

それではこのお肴はいかがでしょう、と主人が呼び入れたのは立派な駕篭。降り立ったのは綺麗に着飾った娘のお久。

長兵衛の心意気に感銘を受けた主人が、佐野鎚から身請けしてくれたのだ。その上、向後ご親戚付き合いを願いたいとの申し出に長兵衛目を白黒。

のちにはお久と文七をめあわせ、麹町に元結屋を開いて繁盛しましたとさ、めでたしめでたし。

噺としてはこういう噺なんだけど、実に独特の演出が凝らされた『文七元結』でした。女将の説教の長さと説得力はもちろんなんだけど、

さらに独特だったのが、長兵衛が帰った後に女将がお久に語り聴かせる場面。長兵衛が博打にハマってしまった心理を語り、

長兵衛さんは左官として名人上手とほめそやされ、誰からもあれこれ言われなくなり、それがなんだかつまらなくなって、博打に走っちゃったのよねえ…

まあそんなようなことだったと思います。あとで友人とも話したんですが、これは談春自身の告白ではないかと。

独演会のチケットはプラチナと言われ、当代きっての名手と讃えられ、師匠談志はすでに亡く…

頂点に達してしまった者の栄光と不安ここにあり、って感じでしょうかね。傲慢に聞こえるかもしれませんが、たしかにそうだろうとうなずけます。

落語協会にも落語芸術協会にも属さず、立川流の中でも談春に張り合えるのは兄弟子の志の輔くらいでしょう。

しかし志の輔は新作落語の名手で、古典一本槍の談春とは芸風も違います。なんかね、談春の立っている所がとても孤独で、寂しい風景のように思えます。

談春自身、「今回の文七元結は、まあ、いろいろ感想はあると思いますが『文七元結2017.夏』ということで」と言ってました。

その実力、当代一と今回改めて確信。しかし51歳と落語家としてはまだまだ若い。これからの談春がどうなるのか、楽しみでもあり、怖くもあります。

最後にどうでもいいことですが、談春と堀尾正明キャスターがあんまり似てるので、記憶の中の顔と声が堀尾さんで上書きされちゃうのが困りもの(笑)

スタッフN村による着物コラム

「オキモノハキモノ」 に戻る