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10月の初め、うちの町内の秋祭りがありました。以前、本殿前での獅子舞の写真をご紹介したことがありましたね。
実はその時はあいにくの雨で、氏子中の地域を回る巡回がなかったので、えっちらおっちら山上の本殿まで上ったんです。
今年は天気もよく、うちのすぐ近くまで巡回して来てくれました。笛も太鼓も生演奏で、棒使いの少年、ささらっ子と呼ばれる少女も勢揃い。
この日は隣の町内でも山車でお神楽が奉納され、一日中笛や太鼓が鳴り響きます。穏やかな、いい秋の一日でした。
64.「こがねい落語特選・みたり名人競演会」
先月スマホデビューして、いやあやっぱり便利と感心していたら、さっそくトラブルです。
自分で設定した覚えがない(自分で出来る訳がない)のに、画面がロックされ、何をどうやってもロック解除できなくなってしまいました。
ドコモショップに持ち込むと、お客様が設定したパスワードがないと開かない、こちらにはそのパスワードの控えはないと冷たいお答え。
じゃあどうすればいいかと聞けば、パスワードがヒットするまで入力し続けるか、完全初期化するしかないという。
心当たりの数字を片っ端から打ち込むも、頑として開かない画面に、それまでのデータを全て諦めて初期化してもらうこととなりました。
幸い電話帳だけはドコモクラウドに残っていたので、それで手を打とうと。なもんで、これまで撮った写真はすべてパア(泣)
今回と次回は写真なしです。チラシの画像のみというお粗末な画面で申し訳ない。
ま、今回はお一人様鑑賞だったので、着物着て行きませんでしたが。場所も武蔵小金井の宮地楽器ホールと地味だしな。
という訳で「みたり名人競演会」。みたり名人とは瀧川鯉昇、桂雀々、柳亭市馬の三人。いずれ劣らぬ実力派です。
市馬の弟子が一席伺い、(演目書き出しの写真がないので名前とネタは忘れた)最初の名人は瀧川鯉昇。一般的な認知度は低いかもですが、好きな噺家です。
この人、春風亭柳昇門下で、昇太の兄弟子にあたるんですが、実は大変な苦労人。最初の師匠は先代春風亭小柳枝で、この師匠がとんでもない。
酒で身を持ち崩し、一門からも孤立、女房にも逃げられた師匠を、貧乏のどん底で庭の雑草まで食べながら支えた鯉昇さん。
しかし師匠はしまいに弟子を置き去りにして廃業、出家してしまう。仕方なく、師匠の兄弟子・柳昇の門下に入ってやっと落ち着いたという逸話の持ち主。
明治大学出身のわが先輩にあたりますが、農学部なので志の輔と同じ落研だったかどうかはわからない。
(明大は文系と理系の校舎が別で、理系は川崎市の生田にあります。サークルも分かれて活動している場合が多く、我が漫研も生田とは交流なかったなあ)
それはともかく鯉昇師、容貌はいささかアレで、お世辞にも美男子とは言えませんが、それがまた噺家としては絶妙なフラ(おかしみ)になってる。
見た目とはうらはらな飄々とした語り口も魅力です。ネタは…おお、『ちはやふる』だ。あ、最近人気の競技かるた少女マンガとは関係ないです。
大家さんに相談を持ちかけて来た親父、娘が学校で妙なことを習って来て、意味を教えろと言われて困っている。
「なんだ、教育勅語か」「いや、そういう学校じゃねえんで」このクスグリ、あまりウケてなかった。みんなもう森友学園を忘れちゃったのかな。
聞けば百人一首の歌を解釈するという課題で、娘に割り振られたのは在原業平の「千早ぶる神代も聞かず竜田川からくれないに水くくるとは」だという。
知ったかぶりの大家、早速得々と講釈を始める。「この竜田川、というのはな、川の名前とお思いだろうが、実は違う」「何なんで」「相撲取りだ」
しかもこの竜田川、なんとモンゴル出身! 入門したてに師匠に連れられて行った南千住のクラブで、ナンバーワンホステスの千早に一目惚れ。
晴れて関取となり、千早を指名するが、デブはキライとこっぴどく振られ、ナンバー2の神代も言うことを聞かない。
振られたショックで竜田川は相撲取りを廃業し、モンゴルに帰って豆腐屋になる。「なんで豆腐屋なんすか」「実家が豆腐屋だったんだ」
そこへうらぶれて乞食となり、ぼろぼろの服を着た千早が現れる。モンゴルなのに(笑)。千早は空腹で倒れる寸前、おからを分けてくれないかと頼み込む。
よく見ればかつて自分を振ったあのホステス! 恨み骨髄の竜田川は思わず千早の肩をどんと突く。
飢えてふらふらの女を元相撲取りが突いたのだからたまらない。千早の体はピューッとヒマラヤ山脈の向こうまで飛んで行った、という話だと大家。
「へ? これがどうして歌の意味になるんで?」「いいか、千早に振られ神代も聞かない竜田川だ。おからもくれないで、唐紅、だな。豆腐は水をくぐるだろ?」
「はあ…で最後の、とは、ってのは?」「とは、はモンゴルなまりで豆腐のことだ」…うーむ、凄い、ここまでアレンジされた『ちはやふる』は初めてだ。
普通はまず江戸時代か明治時代が舞台で、千早と神代は吉原の花魁。もちろん竜田川がモンゴル出身のわけがない。
おからをもらえなかった千早は井戸に身を投げて死んでしまう。だから「からくれないに水くぐる」で、とは、は「千早の本名だ」がサゲ。
何でしょう、鯉昇さんは千早を死なせるのがしのびなかったのかな。ネパール辺りで生きてる、って言ってたし。
飄々と、淡々と、なんでもなさそうな口調でこんなぶっとんだ『ちはやふる』を演じる鯉昇師、やはりただもんではない。
続いて高座に上がったのは桂雀々。ところでキターッ。先月立川談春が、TBS日曜劇場に落語家枠がある、と言ってたとお伝えしましたが、来たね。
今月から始まった『陸王』、雀々で来たか。談春はあの時点でプロデューサーはとぼけてたと言ってたけど、知ってたな。こりゃ。
雀々は惜しまれつつ亡くなった桂枝雀の弟子で、師匠の芸風を最も伝えると言われる上方落語の逸材。最近活動拠点を東京に移したらしい。
まだ彼が大阪にいた頃、東京で会があるたびに追っかけてた時期がありました。とにかくおかしい。『愛宕山』なんか死ぬかと思った。
見台を置き、小拍子という小さな拍子木をカチャカチャ鳴らす、上方落語独特のスタイルで、「ケージャンジャン」と呼んで下さいといういつものツカミ。
今日は初めて聴くネタで、あとで張り出しを見たら『手水廻し』という演目。この外題、手持ちの落語事典にも出てなくて往生しましたわ。
索引を丁寧に拾ったら、『貝野村』というネタの別名、として見つかりました。長い噺の後半部分だけをアレンジしたようです。
丹波の山奥の旅籠に泊まった大阪の客、朝起きて宿の女中に、手水(ちょうず)を廻してくれと頼む。しかしど田舎の宿では「手水」の意味が分からない。
要は顔を洗う湯と歯磨きセットを持ってこいと言ってるだけなんだが、女中も宿の主人も料理番もわからず、寺の和尚にまで相談がいく。
この「ちょうず」の発音がもう独特。「チェーズ」と「チューズ」の中間くらいで、チュェ〜〜ズとでも書こうか…あー、文字では表現できない!
それを何度も繰り返すのがおかしくてたまらない。和尚は知ったかぶりで隣村の長い頭(=ちょうず)の男を連れて来てこれを回させろという。
たかが手水がいつまで経っても出てこないは、村中でわけのわからないことをやってるはで、旅人はあきれて出立してしまう。
主人と料理番はどうしてもこの「チュェ〜〜ズ」の意味が知りたくて、はるばる大阪へ出かけ、宿に一泊した翌朝、おそるおそる「チュェ〜〜ズ」を頼む。
はいわかりましたと女中があっさり持って来たのは金だらい一杯のお湯と、歯磨き粉と塩と房楊枝(歯ブラシ)。
さてこれはどうしたものかと戸惑う主人に、料理番は、この塩と粉を入れてかき混ぜて飲むんだろうという。こんなもの大阪の人は毎朝飲むのか…と
四苦八苦して二人でなんとか一杯飲み干すと、女中があとひとつここに置かしてもらいますー、とまた金だらい一杯のお湯を置く。
とてもこんな飲めませんよって、お昼にいただかしてもらいますー、とサゲ。こうやって文章にしても、雀々の面白さはとても伝えられないなあ。
表情、しぐさ、発声、言い回し、全てがおかしいので、興味のある方はぜひyoutubeで検索してみて下さい。雀々の『手水廻し』、上がってます。
仲入りありまして、トリは歌う落語協会会長、柳亭市馬。
いつ見ても公明党の山口代表に似てるなあ。顔も声も。ここんとこ選挙報道で山口さん見る機会が多かったので、よけいにそう思っちゃう。
いい声と軽妙なテンポで、ネタは『妾馬』。お、これは初めてかも知れない。
裏長屋に住む職人の八五郎、がらっぱちで口の悪い男だが、妹のお鶴がさるお殿様の目に留まり、お屋敷にご奉公。男子誕生でお部屋様・お鶴の方となった。
お鶴様が兄に会いたいというので、大家を通してお屋敷に招かれる。
作法も何も知らない八五郎に、大家はとにかく頭に「お」、尻に「奉る」をつければ格好がつくとレクチャー。
殿様とご対面となり「八五郎とはその方か」と聞かれ、「これ、即答をぶて」と言われて側用人の頭をぽかり。「そっぽをぶてと言ったんじゃねえのかい」
「えー、おわたくしはお八五郎さまで、このたびはお妹のあまっちょがガキをひりだし奉りまして…」とおっぱじめた。
殿様は面白がって、「今日は無礼講なれば、朋友に申すように遠慮のう申せ」と言うので、八五郎、大あぐらをかいて「まっぴらごめんねえ」
側用人の三太夫はカリカリするが、八五郎は言いたい放題。酒が回って来るとやっとお鶴に気づき、「おめえ、お鶴か、立派になったなあ」と感極まり、
「お袋にもそのガキ抱かせてやりてえなあ、おいお鶴、殿様しくじんなよ、殿様、こいつは気だての優しい女です、末永く可愛がっておくんなせえ」
しんみりとなった座を盛り上げようとこんどは都々逸をうなりだす。美声で鳴る喉をひと節聞かせると、「どうでえ殿公」と公呼ばわり。
「いや面白いやつ、士分に取り立ててつかわす」と、八五郎が出世する『妾馬』という一席でございます。
この噺、このあと八五郎が侍となり、慣れない馬に乗って暴走され、朋輩に何処へ参られると聞かれて「前へ回って馬に聞いてくれ」というのがサゲ。
だから『妾馬』なんだけど、前半部分だけでは馬なんか出てこないので、『八五郎出世』という演題でやる人もいます。
いつもながらいい声、いいテンポ、いい口跡。市馬についてはここでも何度かレポしてますが、いつも同じ。いい気持ちで楽しんであとには何も残らない。
だからほとんど覚えてないんだよね。これも不思議な芸風で、もうホントに旨い水のような酒というかね。悪酔いも二日酔いもしないし、飽きもこない。
ある意味先月の談春とは両極かも。壮絶なチケット争奪戦の末、切れば血の出るような、客にも緊張を強いる芸。これはまあ年に一回くらいでいいわ。
市馬の芸は、毎日寄席に通って聞いても、胸焼けもせず腹にももたれず、ああ面白かった、また来ようという芸。これはこれで名人です。
市馬は先代小さんの弟子。剣道少年だったので、師匠の剣道のお相手として弟子に取ってもらえたんだそうです。若いけど立川談志の弟弟子になるんですね。
やたらドラマチックで悲壮感漂う談志一門に較べ、同じ小さん門下でもこのなんかのほほんとしたエピソード。芸風にもそれが現れてますね。
一口に落語と言っても、今日一日でこれだけのバリエーション。まだまだ奥は深く、幅も広いです。次の機会が楽しみだあ!
スタッフN村による着物コラム
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