スタッフN村による着物コラム

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今年は台風が一つも発生しないと、7月頃まで騒いでましたが、ここにきて次から次へと発生して、いまや平年並みなんですってね。

でも、いっぺんに3つもうろうろしてたり、本州近海で台風になったり、それがのこのこ南下して、また北上したり、見たことのない天気図が続いてます。

発生場所や動きがヘンなだけでなく、寒気や前線の影響であっちこっちに豪雨を降らせたりするし。被害に遭われた方々には謹んでお見舞い申します。

さて、写真は台風7号が近づいていたある朝、変わった感じの雲が広がっていたので、すかさずカメラを向けたら、偶然こんな形に納まったものです。

毛足の長い小型犬が何かにじゃれているように見えませんか? 獲物を追っかけるライオンとも言えますが、それにしてはちょっとお間抜け。

そしてみるみるうちに空は灰色の雲に覆われてしまいました。真夏の朝の、一瞬のパフォーマンスでした。

 

53.柳家小三治独演会in立川

 

今年も立川市民会館ことたましんRISURUホールに、落語界唯一の現存人間国宝がやってまいりました。

5月のチケット発売から首を長くしてお待ちしてましたよ。ご高齢だし、真夏の独演会は体にこたえると思いますが、よくぞご無事で。

思えば去年のここでの独演会以来一年ぶりの国宝拝観であります。真夏に着物で出かける機会がとんとないので、久々に小千谷縮を引っ張りだしました。

八重山みんさーの半幅帯に、夏用のざっくりした帯締めを締め、暑いので足袋は省略して裸足に男物の鼻緒をすげた下駄を突っかけました。

夏の着付けはどんどんインナー省略傾向にあり、胸にさらしをぐるぐる巻きにして、化繊絽の襦袢の紐を締めたら伊達締めも省略。

着物の着付けはさすがに整わないので紐二本と伊達締めが要りますが、伊達締めも芯の入ってないうすっぺらな単衣の博多織。

半幅帯は木綿の織帯で芯が入ってないし、帯板もメッシュで、帯揚げがないからこれでずいぶん袷にお太鼓よりは身につけるものが減ってます。

それでも汗止めのステテコは必須なんですよねー。もうこれ以上省略しようとしたら、着物なんか着なきゃいい、ってことになってしまいますな。

 

さて、ホールではまず前座に小三治の三番弟子という柳家はん治。歴とした真打ちですが、国宝の前座なんで。贅沢なもんです。

去年の前座は孫弟子の女性二つ目・柳亭こみち、立川の隣の東村山出身ってことでほぼ地元、はん治も隣町の都立日野高出身てことで、地元優先なのかな。

日野高OBといえば忌野清志郎、その同級生の三浦友和と多摩地区の人間なら即答するわけで、都立の堀越学園というクスグリで笑いを取る。

実はこのクスグリ、去年埼玉の志木市でも聞いたけど、あんまりウケてなかった。やっぱり立川ならウケます。清志郎は多摩の誇りですけん。

演目は軽く『子ほめ』、真打ちがこんな前座ネタで噛み噛みなのはいかがなものか。ふだんめったにやらないんだろうな。

さて万雷の拍手の中、国宝登場です。席が遠いのでよく見えませんが、シブい焦げ茶の縮っぽい着物に、たぶん絽の黒羽織。

時節柄、マクラはオリンピック一色。開口一番、いやー、オリンピックってこんなに眠いもんですかねー、とくる。

私でもリアルタイムで見てたのは朝6時以降ですが、国宝は深夜にリアルタイムで見てたんだろうか。そら眠いわな。

ひとしきり卓球の話題で、福原愛ってのは初めてテレビで見た時から泣いてたけど、あの子の泣きはもう芸の域に達してるね、とか。

で、しばらく間があいていよいよネタか、と身構えると、そうそう、あのリレーねー、ときてずっこける。この繰り返しが小三治を聴く楽しみの一つ。

たまにマクラだけで終わることもあるらしいからな、とこちらが思い始めた頃、

本題に入って来るから油断できない。

お、今日は『長短』か、国宝のこれは聴いたことがないぞ。しめしめ。

幼なじみの長さんと短七。名前の通り、気の長い長さんとウルトラ短気な短七だけど、なぜかウマが合うらしくケンカ一つしたことがない…

というのは長さんの言い分だが、短七のほうは長さんのやることなすことじれったくてイライラしっぱなし。

菓子の食べ方、煙草の吸いよう、何をしてもスローテンポな長さんに、短七はいちいち「こうやって、こうやりゃいいじゃねえか」とせかせかやってみせる。

そのうち長さんが「おめえにひとつものを教えてえんだが、おめえは人がものを教えると怒るから…」「なんでえ、教えてくれよ、怒らねえから」

「ホントに怒らねえ?」「ああ、怒らねえよっ!」「えへへ、じゃあ教えるけど…さっきおめえがはたいた煙管の火がたもとに入ってケムが出てる…」

「あ、早く教えろ! どうりでヘンなにおいがすると思った、こんな穴が空いちまったじゃねえか、この馬鹿野郎!」

「そら見ろ、やっぱり怒るじゃねえか。だから教えねえほうがよかった」でサゲ。

これは長さんがアホに見えてはいけないんですと。国宝の長さんはじっつに愛嬌があって、これじゃあしょうがないなという納得のキャラクター。

去年二回続けて『青菜』を聴いて、それはそれでよかったんだが、今回同じ会場でまた『青菜』はねえだろう、と思っていたのでまずはひと安心。

 

小三治の高座の途中から、客席に「ピイーーーーッ」というイヤな機械音がとぎれとぎれに響いて、やたら耳障りだったので、仲入りの間に会場係に抗議。

周りの人もそうだそうだと援護してくれたので、私一人の耳鳴りじゃない。前の方の席にいる友人には聞こえてないという。

見上げると2階席の前に集音マイクがずらり。さてはあのマイクのハウリングだな。このホール、古いので音響はイマイチ、いや、PAに問題アリか?

 

仲入り終わって席に着くと、不快な音はやんでました。言ってみるもんだ。黒紋付に着替えた国宝、着座するなりマクラもなしにネタに入る。

ろくな稼ぎもなく、かみさんに叩き出された男、生きてたってしょうがないと、大木の下で首つりにちょうどいい枝を見上げていると「おい、俺だよ」

…わあ、『死神』だ! 国宝の『死神』が聴けるなんて、生きててよかったよ(どっちも)! あ、「俺だよ」と声をかけたのが死神です。

死神は男に金儲けの方法を教えるから医者になれという。病人の寝ている足元に死神が見えたら助かるが、枕元にいたら寿命だからあきらめろ。

足元にいる場合は呪文を唱えれば死神がいなくなり、病人は全快する。言われた通りに医者の看板を挙げると、さる大店の主人の往診を頼まれる。

幸い足元に死神がいたので呪文一つで主人は全快。これが評判を呼び、たまたま死神がいつも足元にいるので、男はあれよというまに名医の呼び声。

大もうけをして妾を引き連れ、大盤振る舞いの上方見物などして一文残らず遣い果し、江戸に戻ってまた医者の看板を挙げる。

しかし今度はいつも死神が枕元にいて、商売はあがったり。そこへ大金持ちから依頼が来るが、今度も死神は枕元にいる。

一計を案じた男は、死神が居眠りをしている隙に病人の布団を180度回して死神の位置を足元にする。病人は快復するが死神は激怒。

男は暗い洞窟の奥へ連れて行かれる。そこには無数のロウソクが灯っていて、消えかかった一本がお前の命だと言われる。

朝から風邪気味の男、ますます背筋が寒くなり、なんで、なんで俺のロウソクはこんなに短いんだと言えば、

本来ならもっと長いはずが、さっき快復した病人のものと入れ替わってしまったのだという。泣いてとりすがる男に死神は燃えさしのロウソクを渡し、

それにうまく火を移せれば助かるという。震える手で移そうとする男、「ほら消える、ほら、消えるよー」と脅されながらなんとか燃え移ったかというとき…

「へっ…へっくしょん!」

 

あー、堪能したなあ、国宝の『死神』。小三治の追っかけをしてる友人によれば、近年ではこの大ネタ、非常に珍しいんですと。

最近、体調のせいか好不調の波が大きく、先日はおはこの『青菜』でサゲを間違えたそうな。今日は大変調子が良さそうだとのこと。ラッキー。

そういえば、呪文はふつう「あじゃらかもくれん、てけれっつのぱ!」なんですが、「あじゃらかもくれんさのさのさ」とか言ってました。

隣の席のおばさまが「あれっ?」と不審がってましたが、その後も呪文はもにゃもにゃ適当にゴマ化してた。最初になんて言ったのか忘れちゃったのかも。

『死神』は若手の間ではアレンジ合戦が盛んで、死神が女性だったり江戸っ子だったり、いろんなバージョンがあって、呪文やサゲが違うこともあります。

でも国宝の死神はオーソドックスな老人で、サゲも柳家のくしゃみバージョン。やっぱてけれっつのぱ!を忘れちゃったんだろうなあ。

本人もぼやいているそうですが、国宝忙しすぎるんだそうです。もう少し仕事を控えて…というとチケット取れなくなるし…ああ、悩ましいですなあ!

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