スタッフN村による着物コラム
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はや今年も三月、我が家の周辺ではいまそこらじゅうで梅の花盛り。例年より2週間ほど早いので、やっぱり今年は暖冬なんですね。
青梅は梅インフルエンザで梅の木が皆伐されたと思われてるかもしれませんが、あれはウチからだと山を2つも越えた吉野地区のお話です。
ウチにも市の調査員が来ましたが、私の住む地区では病気に感染した木は一本もなかったそうです。
というわけで、我が家自慢の百年ものの梅も満開です。でもあれ? 枝振りがおかしいですよね。
実は2月の重たい雪で、横に張り出した枝がポッキリ折れてしまったんです。
でも折れながらも健気に満開となりました。
こちらは折れた枝のアップです。このまま実がなれば、収穫するのも楽なんですが、うまくいきますかどうか。
49.豊竹嶋大夫引退公演『関取千両幟』
2月は毎年国立小劇場の文楽公演を観に行きます。今年はたまたま豊竹嶋大夫の引退公演があったので、三部構成のうち迷わず第二部を選択。
嶋大夫は独特のクセのある声と語り口で、現役の中では好きな大夫でした。去年人間国宝になったばかりだってのに、もう引退!?とちょっとビックリ。
年齢的には84歳の高齢ですから無理もないですが、声も語りもまだまだしっかりしていたので、非常に残念。
小耳にはさんだところによると、幕内のゴタゴタもからんでるらしく、なんだかすっきりしない事情もあるとかないとか。
これで文楽の人間国宝は人形遣いに2人、三味線に2人で、大夫はいなくなりました。切り場語りは咲大夫ひとりかよ…。
それはともかく、記念興行ということもあり、ちょっといい着物を着る事にしました。あくまで私基準での「ちょっといい」です。
単衣に仕立ててあった紫の万筋の江戸小紋、単衣だとまったく着る機会がないので、kimono gallery晏で袷に直してもらいました。
いい着物用の長襦袢を出したら、刺繍の半襟をつけっぱなしだったので、それもそのまま着用。
帯は知り合いのお母様の形見分けでいただいた袋帯。クリーム地に明るいピンクの花柄だったものに、シルバーグレーを色掛けしてもらったら大成功。
それをカクマ式の二部式に改造し、これで二重太鼓もすいすいです。
一張羅の長羽織は京都ゑり善の店頭で一目惚れした着尺を仕立てたもの。昔は威勢のいい買いっぷりだったなあ、と遠い目…。
写真は観劇後お邪魔したツレのTさん宅でご主人に撮っていただきました。だから夜です。壁のチューリップの絵が春を先取りですw。
さて公演のほうは、まず『桜鍔恨鮫鞘(さくらつばうらみのさめざや)』「鰻谷」の段。これには嶋大夫は出ません。
東京では45年ぶりの上演だそうですが、私は何年か前大坂で観ました。なぜそんなに上演機会がないのか? だってへんてこりんな話なんだもーん。
もとは武士の古手屋八郎兵衛が、お主のために宝刀の詮議と金策に奔走中というおなじみの設定ですが、
女房のお妻とその母が八郎兵衛に縁切りを言い渡し、金持ちの香具屋弥兵衛を持参金付きで婿に取るという。発端からしてようわからん展開。
実はお妻と母は八郎兵衛の金策のために心ならずも縁切りを言うのだが、この婆の憎体なこと、マジ本心としか思われぬ。
お妻はさすがに打ち萎れてはいるものの、母に逆らう事もなく、激怒する八郎兵衛は幼い娘のお半に心を残していったんは引き下がる。
もしかして自分のためか、と思い直して戻って来た八郎兵衛は、寒夜に外へ閉め出されたお半を見つけ、家内から聞こえる祝言の声にブチ切れ。
戸板蹴倒し内に入り、母とお妻を叩っ斬ると、弥兵衛はすわ注進と逃げ去り、もはやこれまでと自害しようとする八郎兵衛の手に娘のお半がすがりつく。
そこへ仲間の銀八が現れ、お主は遊女と駆け落ち、金策は無駄になったと告げ、
八郎兵衛くやしまぎれにお妻の骸を滅多刺し。
するとお半が「書き置きの事、書き置きの事」と言い募るので、先をうながすとお半の口からお妻の遺言が語られだす。
お妻は無筆(文盲)だったので、お半に口移しで遺言を伝えていたんである。真実を知った八郎兵衛は遺骸に取り付き嘆いても後の祭り。
捕り手の声に追われて落ちてゆく八郎兵衛でした。
もとはこの話の前も後もあったらしいのですが、なぜかこの段だけが残り、今では前後がよくわからなくなってるそうな。
だからお主ってのが誰でどういう事情でお金が必要で宝刀ってもんの行方も何も、「ただそういうことになってる」としかわからない。
見どころ聞きどころはお妻がお半に口伝えで残した遺言で、「言いたい事も得書かぬ、無筆は何の因果ぞや」というくだりらしいんだけど、
無筆の女性が少なくなかった江戸時代ならともかく、文盲率ゼロに近い現代日本で、そこ泣くとこだから、って言われてもねえ。
八郎兵衛もブチ切れたあげく、斬り殺した妻の遺骸を娘の前で滅多刺しにするようなDQN野郎だし。
上演機会が少ないのもむべなるかな。消滅しても仕方がない演目だと思いますけどね。
勘十郎のお妻、和生の八郎兵衛、呂勢・清治、咲・燕三の床ももったいない。清治の三味線をもってしても、襲う眠気に勝てませんでした。
ロビーには引退興行らしく胡蝶蘭が並んでますが、住大夫の時と較べると、ちょっと寂しいのはイナメナイ。
さて次が引退披露狂言の『関取千両幟』ですが、その前に引退の口上。床に嶋大夫と国宝三味線の鶴澤寛治、嶋大夫の弟子代表で呂勢大夫が登場。
呂勢大夫が長々と本人の業績を述べ、後輩たちのいっそうの精進を誓って終りかと思ったら、本人のコメントが続きます。
歌舞伎ならともかく、文楽で本人がなんか言うのは引退・襲名を問わず初めて見たわ。そもそもこういう口上の形態が異例。
んで、演目のほうも引退狂言が独り語りでなく、掛け合いってのがこれまた異例。なんだかやっぱりスッキリしない。
さて今度はタイトル通りお相撲さんの話。人気力士の猪名川、贔屓筋の若旦那が錦木大夫の身請けの金二百両に詰まり、泣きつかれる。
今日中に支払わないと、大夫は他の客に取られてしまう。その客というのが猪名川のライバルで今日の取組相手の鉄ヶ嶽。
「魚心あれば水心」と八百長をほのめかす鉄ヶ嶽、悔し涙にくれる猪名川に、女房のおとわは八百長をなんとか思いとどまらせようとかき口説く。
タイムアウトで土俵入りの時間。上手く事が運ばなければ命を捨てる覚悟で出て行く猪名川に、かくてはならじとおとわも飛び出して行く。
そして本日の大一番、猪名川と鉄ヶ嶽がっぷり組んで、まさに猪名川が勝ちを譲ろうとしたその瞬間、
「進上金子二百両、猪名川様へ贔屓より」と声がかかる。俄然攻勢に転じた猪名川は見事鉄ヶ嶽を土俵へ叩き付ける。
闘い済んだ帰り道、二百両進上の旦那があの駕篭に、と言われて見れば駕篭には女房のおとわ。おとわは廓に身を売って二百両を拵えたのだ。
「なんにも言わぬ、忝い」と感謝する猪名川、入相の鐘とともに別れ別れとなる二人でした。
とまあ、これもフェミニストならずともなんだかなあなお話で、文楽研究家の内山美樹子先生も似たような話が二本続く、と新聞で批判されてました。
このおとわを語るのが嶋大夫。演目としても短いし、おとわの出番はさらに短い。なんでこれが引退狂言なのか、やっぱり理解に苦しむわ。
とはいえ、はじめて観る演目だし、見どころはたくさんあって「鰻谷」とは比べ物にならないくらい楽しかった。
前半の猪名川内の場はまあなんてことないけど、後半の相撲場との間に三味線の曲弾きが入る、これが鶴澤寛治の孫の寛太郎。
10年以上前、初めて文楽を見た時に、「あれっ、子供が三味線弾いてる!」と思った(中学生だったらしい)寛太郎が立派になって…
ネックの方で弾いたり、バチを投げたり逆さにしたり立てたり、三味線を立てたり持ち上げたり、ジミヘン並みの(歯では弾かないけどw)熱演。
以前女義太夫の曲弾きのスゴイのを観た事があるので、それに較べたらちょっと危なっかしいところがあるのはご愛嬌。
その間に舞台は満員御礼の土俵に切り替わってる。曲弾きが櫓太鼓を表現してるんだそうな。立ち合う両力士は当然まわし一丁の裸であります。
テレビなんかで文楽の解説をするとき、必ず、文楽の人形には体がなく、衣装を着せつけることで体を表現する、って言いますよね。
でも裸だ。衣装がない。しょうがないからかなりだぶだぶの肉襦袢を着けてます。いやあ、裸の文楽人形を観たのは初めてだわ。
『双蝶々曲輪日記』も相撲取りの話だけど、あれは土俵上の場面はないので、これまで見た事なかったんですねえ。
折しも初場所で琴奨菊が優勝した話題がまだホットな頃だったので、鉄ヶ嶽がぐぐーっと「琴(菊?)バウアー」を見せると客席大喜び。
猪名川を遣うのは玉男、おとわは蓑助。勘十郎のお妻もよかったんだけど、同じような役で蓑助が出て来るとやっぱり百日からも長がある。
なんつうか、人形の生々しさリアルさ色っぽさが全然違うんだよねえ。ちょっと寂しくなった文楽の陣容、蓑助さんの存在感はいや増してます。
ストーリーは理不尽でも、見どころはいっぱい。楽しめましたよ、これが引退記念狂言でなければもっとね。
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