スタッフN村による着物コラム
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8月後半から雨雨雨で、野菜が育たないとぼやき続けていましたが、それでも我が山里はその程度。
北関東・東北の大水害、ほんとうにお気の毒です。
被害に遭われた皆様には、お見舞いの言葉もありません。
私も少しばかり農業をかじっていますから、大事に育てた作物がダメになってしまう悲しさは、お察しいたします。
ここ数日、関東の天気は小康状態ですが、また数日雨の続く予報が出ています。
日陰と水気を好む秋海棠が雨の中きれいに咲いているのもなんだか物悲しい。
自然とは時に美しく、時に残酷なものだと、つくづく思う今日この頃です。
46.国宝の『青菜』
7月、8月と柳家小三治の独演会を聴ける機会に恵まれました。
せっかくの大ネタですから一回ずつ分けてレポすればいいものを、あえていっぺんに書いてしまうのには理由があります。
…同じネタだったんですね。2ヶ月連続で。並の落語家ならがっかりさーと言うところですが、そこは落語界にたった一人となった人間国宝。
2ヶ月連続で『青菜』を聴く、という幸運に巡り会った、これはそういう体験でした。
7月18日は埼玉県の志木市民会館パルシティ。西武線で池袋まで出て、東武東上線に乗り換えて、さらに歩いて15分ほど。初めての場所はより遠く感じます。
世田谷在住の友人が、プレイガイドの先行予約がダブってとれちゃったので、と譲ってくれたのですが、世田谷からだって結構な遠征です。
そしたらロビーで練馬在住の大学の先輩にばったり。市民寄席とは言っても、やっぱりこのあたりだと遠征組がゴマンといるんですな。
この日は志木市のお祭だったようで、会場までの道には屋台が軒を連ね、そこここで山車やら神輿やらの準備をしてる。
雨が降って来るという予報だったので洋服で出かけましたが、せっかくの夏祭りなら浴衣くらい着てくれば良かったなあ。
開口一番は柳家はん治の『金明竹』。はん治は小三治の三番目の弟子で、もちろん歴とした真打ち。
都立日野高校出身で、三浦友和や忌野清志郎の後輩に当たると控えめに自慢している。同じ都立高校出身者としてはちょっとうらやましいw。
ベテランらしく、若手にありがちな大阪弁の早口自慢のような事はなく、きちんと落ち着いた『金明竹』でした。
真打ちが座布団を返し、めくりをめくって薬湯の入った湯のみと正座椅子(文楽の大夫が使うようなやつ)をセットして、さあ、国宝登場であります。
小三治と言えばマクラ、ってことで、暑いですな、しかしなんなんですかね、天気予報やなんかでエアコンを使え使えって、
電気の使用量をどんどんあげて、原発再開を認めさせようってんですかね、あたしゃあの、原発、ってやつはどうしてもイヤだ…
という少々重めのマクラですが、3回ぐらい言いましたね。原発はイヤだ、ダメだ、と。会場のあちこちから拍手。あ、私もです。
故・談志ならエラソーに講釈を垂れるところですが、小三治のはあくまでぼやき。でも、だからこそリアルだったりする。
そして「植木屋さん、ご精が出ますな」キターーーーー!『青菜』だあ!
ここでも何度か紹介しているネタですが、小三治の『青菜』 は名品と言われながら今まで当たったことがなかったのよねえ。
そ言って植木屋に酒肴を勧めるお屋敷の旦那。冷たい「柳陰」という酒や鯉の洗いに舌鼓を打っていると「植木屋さん、青菜のおしたしはお好きかな」。
奥さんに言いつけると「鞍馬山から牛若丸がいでまして、その名を九郎判官」「じゃあ、義経にしておきなさい」
チンプンカンプンの植木屋が会話の意味を尋ねると、「菜はもう食べてしまってありません」「じゃあよしにしよう」という意味の隠し言葉だと言う。
セレブな会話にすっかり感激した植木屋、さっそく家でも同じ事をやりたくて、女房を言いくるめ友達を呼び込んでそっくり旦那のまねを始めるが…
おめでたい連中がエラい人や賢い人のまねをして失敗するという、「おうむ返し」という落語ではおなじみのパターン。
他の人で何回か聴いていて、あらすじもここで紹介していますが、これまでは後半のおうむ返しがにぎやかな爆笑ネタという印象でした。
しかし、小三治の『青菜』がなぜ名品なのか。それは前半の、旦那と植木屋のやりとりにあるのです。
きれいに刈り整えられた庭に、プロの職人が水を打つ。その上を吹き渡って来る風に吹かれて、冷えた『柳陰』と鯉の洗いで一杯やる心地よさ。
鯉の洗いは氷を敷いて、よーく冷やしてある。あたしは二口三口で十分なので、あとは植木屋さん、すけて(助けて)おくれでないか。
こういう優雅さに植木屋はすっかり参ってしまう。「お屋敷だなあ!!!!」
そして青菜をめぐる隠し言葉の夫婦のやり取り。青菜はもうない、とあからさまに言わない奥ゆかしさ、「お屋敷だなあ、こういうのがお屋敷なんですね!」
二言目には「お屋敷だなあ!」と感激する植木屋、「おりゃ一生に一度でいいからこういうのをやってみてえんだ」と、リアリストの女房を説得し、
押し入れに押し込んで友達の大工を呼び入れる植木屋。
「ときに植木屋さん」「ばっきゃろう、植木屋はおめえじゃねえか。俺あでえく(大工)だ」「青菜はお好きかな」「でえっきれえ(大嫌い)だよ!」
…ことごとく食い違うやり取り、そして押し入れから汗だくで出て来た女房も「その名を九郎判官義経」まで言ってしまって「弁慶にしておけ」がサゲ。
旦那の口まねまでしてお屋敷ごっこをする植木屋が、めっぽうカワイイのです。
なんだかんだ言いながら、ごっこにつきあってくれる女房もけなげ。
この可愛さは、志ん朝にも談志にもない、小三治独特の持ち味ですな。
マクラを含めてたっぷり一時間近かった『青菜』だったので、仲入りのあとはもう3時半を回ってる。4時に終演とすると20分少々。
こういう時は軽いマクラから『小言念仏』というのが定番らしい。
毎朝のおつとめで念仏を唱える男、なむあみだーぶなむあみだーぶの間にちまちまと身の回りの事に小言を交える。
「なむあみだーぶ、少しは仏壇を掃除しなさい、なむあみだーぶ、鉄瓶が煮えたぎってるよ、ふきこぼれますよ、なむあみだーぶ
おつけの実は何にしましょう? ゆうべのうちになんで決めとかねえの、なむあみだーぶ、じれってえな、なむあみだーぶ」
ずーっとこの調子で、木魚を叩く仕草で扇子を振りっぱなしだからけっこう疲れそう。どこで切ってもいい噺なんで、時間がない時重宝するんでしょう。
こちらも初めての遭遇だったので、十分満足。帰り道もなーむあーみだーぶの声が耳に残ってました。
約1ヶ月後。8月23日は立川市民会館というか、たましんRISURUホールの小三治独演会。
この夏は全然着物を着る機会がなかったので、午後雨の予報でしたが頑張って阿波しじらを一着に及んで出かけました。
帯は母の箪笥から出て来た八寸を半幅に直したもの。ざっと50年以上昔のものですが、銀糸がたくさん入ってて、古典柄なのに色目もポップ。
阿波しじらがほとんど無地なので、派手目の帯にしました。足元は保多織鼻緒のカレンブロッソ。雨対応です。
この日も立川の諏訪神社のお祭りで、町中に神輿が繰り出し大にぎわい。アレか? 小三治独演会は祭の余興なのか?
立川市民会館は志木より一回りくらい大きなホールですが、大入り満員。わざわざ発売日に会場で並んで買った甲斐あって、4列目中央という良席。
開口一番は小三治の孫弟子にあたる柳亭こみち。数少ないママさん落語家です。
立川市近郊の東村山出身で、高校の文化祭もここでやったとかの地元ネタマクラ。はい、私の高校の文化祭もここでした。
2年の時『走れメロス』の演出やったっす。懐かしいなあ。
ネタは『真田小僧』。生意気な小僧が母親の浮気をほのめかしながら父親から小遣いを巻き上げるが、実は浮気ではなく近所の按摩を呼んだだけ、
というあたりまでは前座でよく聴くけど、真田幸村の講釈からサゲまでフルで聴いたのは初めて。なんでタイトルが『真田小僧』なのかやっとわかりました。
さて満を持して国宝登場。今日のマクラは中国へのぼやき。
なんですかね、あの中国てえ国は。昔はもうちょっと尊敬してて、折があれば行ってみたいと思ってましたが、今は折があっても行きたくないね。
なんですかあのピーエム…なんとかって、ピーエムってんですから午後ですか?
今日の客は手ぐすね引いて国宝の登場を待っていたらしく、こみちには悪いけど、打って変わってどっかんどっかん受ける。
祭の見せ物の決まりもののマクラ、身の丈六尺の大イタチというから見に行くと、六尺の板に血が付いているだけ、とかいうアレね、
そこから『一眼国』へ。両国の見世物小屋の親方が、立ち寄った諸国行脚の六十六部(巡礼僧)に、どこかで見せ物のネタになるような話はないかと尋ねる。
江戸からまっすぐ北へ百里余り行ったところの野原で、一つ目の子供に出会った話を聞き、親方は勇んで旅に出る。
江戸から百里余り北へ行くと、大きな原があって、榎が一本立ってて、生暖かい風がさやさや…まさに六部の言った通りの場所に着く。
そこで遊んでいる女の子がまさに一つ目。さらって逃げようとするが、村人総出で追いかけられ、捕まって役人の前に引き据えられる。
顔を上げると、村人も役人もみーんな一つ目。そう、ここは一つ目の人だけが住む「一眼国」なんである。
親方を見た一同はびっくり、「やや、こいつなんと目が二つある! 調べはあとまわしだ、早速に見せ物に出せ」でサゲ。
不気味な野原の描写が陰にこもってもの凄く、ホラーっぽい演出で…あ、そうか、今書いててわかった!なんでマクラが中国の話だったのか。
つまりね、お国変われば価値観も変わる、中国は「一眼国」なんだね。こっちじゃ二つ目が普通、あちらじゃ一つ目が普通。どこまでいっても相容れない。
うーむ、深い。つか、深読み? それにしても今頃気付いた私も鈍です。面目ない。
何年か前、歌舞伎座の桂枝雀7回忌落語会で小三治の『一眼国』を聴いたけど、その時はなんか陰気で退屈だった記憶しかない。
歌舞伎座広すぎるし。そのとき一番受けてたのは枝雀の口座のビデオ上映だったなあ。まあ、そんときゃ枝雀のファンばかりで、小三治はただのゲスト。
今回は小三治ヲタだらけの独演会だから、受け方ハンパない。こんな陰気な噺でもどっかんどっかん受けてる。
仲入りあって、一席目がけっこうたっぷりだったから、次は軽く来るかな?と思ってました。国宝、高座に上がるなり扇子を扇ぎながら
「植木屋さん、ご精が出ますな」うわっ、マクラもなしにいきなりかよ! 先月に続いて『青菜』だけど、でも逆に、こりゃもうけものかな?
あんまり客席のウケがいいせいか、国宝どんどんノってくる。「この、鯉の洗いに敷いてある氷、ちょっといただいていいですか?」
氷のかけらを口に放り込み、きゅーっと口をすぼめてこめかみを押さえ、もう見てるだけでこっちまであの「キーン」という冷たさが伝わってくる。
飲み食いの所作も実に丁寧でリアル、「いいなあ、お屋敷だなあ」も前回より三割増くらいだし、友達のでえくの啖呵もキレッキレ。
「長屋の露地の、生ゴミに撒かれた石油乳剤の上を吹き抜けて来る風が…」うわあ、あのクレゾールっぽいにおいまで漂って来そうだ。
連れの30代の夫婦なんか、小三治は初めて聴くというのに身をよじって笑っている。客もノッてるが国宝も明らかに今日は体調が良さそう。
先月初めて聞いた噺なのにおこがましいかもしれないけど、この『青菜』はかなりの名演だったのではなかろうか。
チケットを取ってあげた連れの若いモンにもえらく感謝されちまいましたが、こりゃあ自慢していいよ、と威張っておきました。
国宝の『青菜』を堪能した帰り道、連れ一同でビヤガーデンになだれ込み、柳陰ならぬ生ビールでキューッと喉を潤す至福。
2ヶ月続けて名人の同じ演目を聴き較べ、そして明らかに名演に当たったという、私としても非常に贅沢なひと夏の体験だったのであります。
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