スタッフN村による着物コラム

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すっかり秋も深まってまいりました。

暑くもなく、寒くもなく、着物を着るにはいい季節ですね。特に木綿着物にはベストなシーズン。

などと言いつつ私はなかなか着る機会に恵まれず、箪笥の中から「出してくれ〜」という声が聞こえるようです。

10月は東京の展示会、私も及ばずながら参加しますので、そのとき出してあげるからねと心でなだめています。

我が家の庭ではコスモスが真っ盛り。

しかしながら百日草や朝顔もまだまだ元気なので、夏と秋がせめぎあって賑やかです。

それでも季節は着実に進み、ゴーヤやトマトを片付けた後、ブロッコリーの植え付けを終え、白菜が待機中。

タマネギの準備もそろそろだし、やっぱり畑は忙しいのです。

 

37.9月の文楽公演『双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)』

久々の伝統芸能鑑賞ということで、久々に着物を着て出かけました。

9月の第一週というのに曇り空で肌寒く、着るものにいささか迷う気候でしたが、ウールポーラの十字絣にみんさーの八寸帯にしました。

写真は巧く撮れてませんが(私が撮ったんじゃないもんねw)、雨のおそれもあったので、川越唐桟の色足袋に毎度おなじみカレンブロッソのカフェ草履。

このウールポーラは透けるくせに盛夏には暑いというちょっと厄介なブツですが、この日はまさにうってつけでした。

さて今回の演目は、『双蝶々曲輪日記』の通し。「相撲場」「引窓」の段は、

文楽でも歌舞伎でもしょっちゅう上演されるので、何度か観てます。

しかし、前後の話がサッパリなので、いくら解説書に名作だ、傑作だと書いてあっても「そうかあ?」としか思ってませんでした。

しかーし! 今回通しで観て、認識を改めました。面白いんです。なんつっても脚本が面白い。

作者は「三大名作」と言われる菅原、千本桜、忠臣蔵を書いた二世竹田出雲、三好松洛、並木千柳トリオ。三大名作は時代物ですが、これは世話物です。

まずストーリーをご紹介します。

豪商のドラ息子、山崎与五郎は遊女吾妻と深い仲、これに西国武士の平岡郷左衛門が横恋慕、どちらが吾妻を身請けするか丁々発止の真最中。

折しも大坂堀江で行われている相撲興行、大関濡髪長五郎と、素人相撲の放駒長吉の取組が大人気。

濡髪は与五郎が贔屓についており、放駒には郷左衛門が肩入れするという因縁の対決、大方の予想に反して、放駒が勝ちを収める。ここまでが前段。

「堀江相撲場の段」。舞台は勝負を終えた濡髪長五郎が、相撲小屋前の茶屋に放駒長吉を呼び出すところから。

長五郎は、贔屓筋の与五郎から、吾妻の身請けの金ができるまで、郷左衛門が身請けするのを待ってもらいたいと頼まれていることを話す。

しかし長吉のほうも郷左衛門からやはり金が整うまで吾妻が身請けされないようにしてほしいと頼まれていると言う。

すると長五郎は、このこともあって、今日の勝ちを譲ったのだとほのめかす。長吉は激怒、何を言っても聞く耳持たず、しまいに長五郎も我慢の限界に。

二人は改めて勝負を付けようと喧嘩別れ。

続いて「大宝寺町米屋の段」。長吉の実家は姉のお関が切り盛りする搗米屋。しっかり者の姉が甘やかすのをいいことに、家業をよそに出歩き放題。

今夜はお関が同行衆(念仏講)の集まりに行くというので、決着の約束をした濡髪長五郎を、悪友を使って呼びにやる。

やって来た長五郎と長吉は、店の中で組んず解れつの大乱闘、しまいには脇差し抜いて鍔迫り合いの最中に、店の外に「長吉の大盗人」と呼ばわる声あり。

聞けば昨日長吉が喧嘩の末に相手の財布を奪ったといい、関係者やら被害者やら、五人組の長老たちまで来て責め立てる。

喧嘩はしたが財布は取らぬと言い張る長吉に、帰宅した姉は箪笥の中を探せというと、果たして被害者の財布が見つかった。

お関は涙ながらに弟を打擲し、金は自分がなんとかすると、一同を連れて奥へ。長吉は憤激のあまり死のうと脇差しに手をかけるが、長五郎が止める。

長吉が盗みをするような男ではないと信じているし、親身な姉の存在は有り難い、改心して喧嘩沙汰をやめるように諭す長五郎。

そこへお関が現れ、すべては長吉の行状を改めさせるために仕組んだ芝居だと告白。一同はお関の同行衆が一役買ったもの。

長吉は心を入れ替え、喧嘩をやめて商売に精出すと誓い、お関の願いで長吉と長五郎は義兄弟の契りを結ぶ。

そこへ、駆け落ちした与五郎と吾妻が郷左衛門に見つかり、騒動になっているという知らせ。長五郎は現場の難波裏へ駈けてゆく。

次は「難波裏喧嘩の段」。与五郎が郷左衛門にどつき回され、吾妻は仲間の有右衛門に取り押さえられているところに長五郎到着、侍二人をぶん投げる。

吾妻の身請けを与五郎に譲ってくれと頼む長五郎に、悪侍たちは思い切ったと見せかけて斬りつける。ついに長五郎は二人を殺してしまう。

案じた長吉が駆けつけると、与五郎が長五郎に侍殺しの重罪を犯させた責任を感じて死のうとしている。

長吉が刃物を取り上げ、吾妻と与五郎は自分が預かる、長五郎はほとぼりが冷めるまで身を隠せ、と勧める。

そこへ「人殺し、やらぬ」と長吉の悪友が立ちふさがる。長五郎が「どうする?」と聞くと長吉は「一寸切るも二寸切るも、毒食らわば皿」、とゴーサイン。

長五郎はもののついでに悪友二人もひねり殺し、大坂を落ちてゆく。

 

ふう、ここまででまだ半分ですが、ちょっとインターバル。「米屋」の三味線は人間国宝・鶴澤寛治の予定でしたが、病気休演で孫の寛太郎が代演。

文楽を見始めた頃、「子供が三味線弾いてる!」(多分中学生)と驚いたくらいちっちゃかった寛太郎が立派におじいちゃんの代わりを…

と思ったら、もう27歳なんですね。童顔だし、ちっちゃい頃から見てるので、そんな年齢だとは思いもせず、失礼しました。

さてここまで、床本(浄瑠璃本)を読んで行くと、ほとんどがセリフのやりとりで進行してます。地の文が極度に少ないんですね。

そして、大阪弁で書かれた世話物(江戸時代の現代物)ですから、言い回しやキャラクターが、いかにも大坂人らしい。

勝ちを譲られたと聞いて長吉が切る啖呵「人にものやって後から無心言うようなむさい汚い長吉じゃごんせぬわいな」とか、

「ええ、どびつこい(しつこい)、嫌じゃというたら嫌じゃわい」「いやさ長吉、あまり頤(おとがい=あご)があがきすぎるぞよ」とか。

また、長吉のためにひと芝居うった同行衆の老尼が、長五郎を見て照れまくり、「私がもう二十年若けりゃ、な」と身をよじる。

ちなみにこの婆さん、長吉に「ええ腐りばばめ、そっちへ行きやがれ」と殴られて、頭にでかいたんこぶをこしらえているんです。吉本新喜劇かっつうの。

「一寸切るも二寸切るも、毒食らわば皿」、というのは一人殺すも二人殺すも一緒じゃーという無茶苦茶な理屈。

思わず吹き出しました(ちなみに四人殺してますがw)。

なんかこう、口が減らないというか、いらんこと言いというか、会話が生き生きしてるんですね。

これは近松の世話物では感じなかったことです。近松は武家出身だし、ちょっと上品なのかな。名文家だから地の文が多いし。

さて、その大坂ぶりはこの後の「橋本の段」でも大いに発揮されます。

 

「橋本の段」。与五郎の妻お照(なんと与五郎は既婚者!)は、夫の余りの放埒に、実家に呼び戻されてぶらぶらしてる。

そこへ駕篭に二人乗りで与五郎と吾妻が乗り付け、舅に内緒で匿ってほしいと頼み込む。お照は恨み言を言いつつも、命がけの二人にほだされて承諾。

ただし吾妻は預かるが、与五郎は家に帰るよう勧める。そこへ舅の治部右衛門が現れ、与五郎を預かる代わりにお照へ離縁状を書けという。

書かねば代官所へ訴えるとまで言われ、仕方なく離縁状を書く与五郎、それを自分の目の前で渡されては義理が立たぬと吾妻が預かる。

そこへ与五郎の父・与治兵衛が、お照を迎えに尋ねてくる。治部右衛門は三人を奥へやり、お照は与五郎には返せぬとつっぱねる。

口論の末ついに脇差し抜いてチャンバラが始まるところを、駕篭かきの甚兵衛が割って入る。

なぜか吾妻に与五郎を思い切るよう説得すると申し出た駕篭かきに、二人はこの場を預けて奥へ。

そこへ長吉に事の次第を知らせようと出て来た吾妻に甚兵衛は「お豊」と呼びかける。なんと甚兵衛は幼い頃に別れた吾妻の父親。

涙ながらに与五郎を思い切れと懇願する父に、吾妻はもっともだとは思いつつ、与五郎を見捨ても出来ず、思いあまって刀を手に自害の覚悟。

それを治部右衛門が止めに入り、子を思う親の気持ちは同じと、家宝の刀を売って吾妻を身請けしようと言う。

そこへ与治兵衛が登場し、治部右衛門とお照の手前、自分が金を出して吾妻を身請けすることはできないと思っていたと告白。

治部右衛門の与五郎への気持ちに感謝して、頭を丸めた与治兵衛、お照は本妻にとどめ、吾妻は身請けして与五郎の妾に据えることで一件落着。

「八幡里引窓の段」。一方逃亡した長五郎は、幼い頃に養子に出された実母に一目会おうと、母が後妻に入った八幡の家を尋ねる。

代々郷代官の家ながら、跡取り与兵衛の放蕩で没落していたが、なじみの遊女・都を身請けしておはやと名乗らせ妻とし、落ち着いたところで再び代官に任官。

与兵衛が代官所に出向いた留守に、明日の放生会の支度をしていた母とおはや。大関濡髪長五郎が尋ねて来たので、事情を知らない二人は大喜び。

長五郎を二階へ通すと、与兵衛は代官南方十次兵衛となって、二人の侍を伴って帰宅。侍は長五郎が殺した被害者の兄弟で、長五郎を探している。

与兵衛あらため十次兵衛の最初の任務は、皮肉なことに長五郎の探索。土地不案内の二人が昼間、夜間が十次兵衛の担当。

二人が帰ると、この話を聞いていた母は人相書きを見せてくれと頼む。このとき二階からのぞく長五郎の姿が手水鉢に映ったのを見てしまう十次兵衛。

あわてて天井の引窓を閉めるおはや。夜になったら役目の時間だと立ち上がる十次兵衛に、母はお布施のための金を差し出し、人相書きを売ってくれという。

十次兵衛はすべてを察し、人相書きを差し出してさりげなく河内への抜け道をつぶやいて役目に出かけて行く。

母とおはやは長五郎の人相を変えて逃がそうと、前髪を剃り落すが、亡夫譲りの頬の黒子はどうしても剃り落せない。

そこに「濡髪捕った!」という声とともに投げつけられたものが当たり、黒子が取れる。投げつけられたのは「路銀」と書かれた金の包み。

十次兵衛の情に打たれた長五郎は自首すると決意をし、母も生さぬ仲の十次兵衛への義理を思い、引窓の縄で長五郎を縛って十次兵衛を呼ぶ。

十次兵衛が「手柄である」と言いながら縄を切ると、がらがらと引窓が開いて月の光が差し込む。

「南無三宝、夜があけた、身共が役は夜の内ばかり、明くれば即ち放生会」と、かなり無茶な理屈で長五郎を逃がす。

 

はいこれで全部です。ここまでおつきあいいただいてありがとうございます。

なんつっても驚いたのは「橋本の段」。舞台の上にジジイ三人。一人は武士、一人は商人、そしてもう一人は駕篭かき。

まあ、勘十郎が遣ってるから、出て来た時にただの駕篭かきじゃねえなと思ってたけど、こう来たか。

歌舞伎じゃちょっとこの地味—な絵面は考えられないですよね。だいたい絵面を保たせられる役者が思いつかない。

でまた、嶋大夫の語り、3Gを見事に語り分けてるんです。厳格な武士、頑固な商人、ちょっとあわれっぽい駕篭かき。

やっぱりこういう演目は文楽ならではだなあ。来月大劇場で歌舞伎の通し上演をやるんだけど、「米屋」はあっても「橋本」はないし。

減らず口も絶好調。窮屈な二人乗りで別居中の妻の実家に来た与五郎、「辻駕篭は狭うて腰も首もむりむり言う、やれしんどやしんどや」と駕篭を下り、

「これ吾妻、こう二人乗ったなりは角にいの字で四角な長十郎、見立てがきついか、気疎いか」「と駆け落ちしても口減らぬ面白病は一盛り」、

と地の文にまでその軽さを笑われています。軽口の意味はよくわかりませんけど。匿ってくれと頼む口ぶりもなーんか軽い。

甚兵衛が吾妻に与五郎を思い切れとかき口説くセリフも「与五郎様をようまああんなうっぽんぽんにしおったな、うっぽんぽんに」。

うっぽんぽんw。しかも二回。もうね、近松なら二人はこれから心中しようかという状況なのに、うっぽんぽんだかんね。

まあ、近松ものの主人公は、養子だったり手代だったり、小さな帯屋や紙問屋だから甲斐性もないし、しがらみだらけで死ぬしかないかもしれないが、

こちの与五郎さんは豪商の跡取り息子ですから、親さえ許せば、本妻と妾と両方持ってハッピーエンドなわけです。うっぽんぽんだけど。

で、「引窓」。それだけ見てると、なんだかみんな無茶苦茶な理屈で長五郎を逃がしちゃうけど、このあと大丈夫なのか?と思いますが、

それまでの話がこうも無茶苦茶ならまあいいか、という気になったりします。

隣の席の男性が、やたらげらげら笑ってましたが、これぞ正しい鑑賞態度なのかも。そうか、ここ、笑うとこだったんだ…。

ただね、登場人物の名前が似すぎてて、こんがらかるのが困りもの。

長五郎、長吉、与兵衛、与五郎、与治兵衛、十次兵衛、甚兵衛、治部右衛門、郷左衛門…もうちょっとなんとかならんもんですかね。

ま、ちょう五郎とちょう吉で「双蝶々」にひっかけてるんですが、他の人物はねえ。あとやたらに刀を抜いてすぐに死ぬの殺すのと騒ぎ過ぎ。

「引窓」の段は呂勢大夫と咲大夫のリレー。呂勢大夫、美声がますます冴えて大変結構。一段通して語ってほしいわあ。

咲大夫は以前はもごもごして聞き取りにくく、苦手だったんだけど、今回は明瞭で良かった。

住大夫に源大夫、人間国宝二人の相次ぐ引退で、層が薄くなった大夫陣、三味線との組み合わせもシャッフルされ、皆さん発奮しているようで重畳、重畳。

思えば人形遣いの人間国宝・吉田玉男が亡くなった時の公演も、非常に気合いの入った舞台でした。これからもこの調子でヨロシク。

今月は第3部がシェイクスピアの『ウィンザーの陽気な女房たち』を原作とする新作『不破留守之太夫(ふぁるすのたいふ)』なんだけど、

こっちは諸事情であきらめました。人形がカワイイので、写真だけね。わざわざ新しく作った人形だそうです。ま、当たり前ですね。