スタッフN村による着物コラム

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2月はさんざんでした。

関東甲信越に記録のある120年間で最悪の大雪。

これはその翌朝の我が家の庭です。60センチくらい積もってます。

もうなにがなんだかわかりませんね。

我が家は車道に出るまでに80メートルほどの私道があるのですが、

そこを車が出せるようになるまで3日かかりました。プチ孤立です。

豪雪地帯にお住まいの皆様のご苦労を、少しばかり実感しました。

家の周りはまだ日陰に雪の塊が残っていますが、

梅の花も開き始め、ようやく春がめぐってきたようです。

 

31.「柳の家の三人会」

雪に降りこめられた2月は、予定していた文楽も行けなかったので、1月の落語会の話題です。

1月19日、たましんRISURUホール(立川市民会館)で、柳亭市馬・柳家喬太郎・柳家三三(さんざ)の三人会。

人数も質も落語会で一番充実している柳家一門、中でも最も勢いのある三人じゃないでしょうか。

落語仲間の友人夫婦も、わざわざ都内から駆けつけました。

この日もとても寒かったのですが、例によってアンダーはヒートテックで固め、着物は綿ウール阿波しじらのしつけをやっと取りました。

さらにユニクロのダウンベストを着て、その上からニットのポンチョをすっぽり被ったらぬくぬく。

このポンチョはニットソーイングを習っている姉の友人の作品。あまり布でスヌードも作ってくれました。

帯がすっぽり隠れて、一見着物を着ているようには見えませんし、両手が使えるので楽ちんです。

たましん(多摩信用金庫の略)ホールはリニューアルしたということですが、外観は別に変化なし。

以前狭くて大不評だった客席の間隔が広くなって、そこはまあリニューアルなのかな。

まだ正月気分も残る1月ということで、着物姿も多く見られました。

さて、高座のほうはまず開口一番、市馬の弟子で二つ目の市江が『転失気』。師匠ゆずりのきちんとしつつも明るい一席。

で、次は真打ち3人の中では最も若い三三。一番若いのに一番じじむさい歩き方でいつものように登場。

ネタは軽めの『金明竹』。道具屋の丁稚・与太郎が店番をしていると、傘を貸してくれ、猫を貸してくれ、しまいには旦那の顔を貸してくれと

いろんな人がやってくる。その度にとんちんかんな断りをする与太郎の口上で笑わせる。

よんどころない事情で旦那が出かけてしまうと、そこへめっちゃ関西なまりの男がやって来て、与太郎に旦那への口上を伝える。

「わて中橋の加賀屋佐吉方から参じました、先途仲買の弥一の取り次ぎました道具七品のうち…」で始まる七品の説明が長い上に猛烈な早口。

その上関西なまりでさっぱり聞き取れない与太郎は、面白がって何度も繰り返させるが、まったく理解できない。

店先の騒ぎを聞いておかみさんが出て来ても、やっぱり何を言ってるのかわからない。男はあきれて「わて先を急ぎますさかい」と行ってしまう。

帰って来た旦那におかみさんが伝言を伝えようとするが、わずかに聞き取れた断片をつなぎ合わせると話はどんどんめちゃくちゃに。

ここのおかしさはまず口上全文を聞かないとわかりませんが、そこは実際に聞いてお確かめください。

じじむさい風貌に似合わず、とんとんとんとテンポよく語り、口上のスピードと滑舌の良さに客席からは拍手。

まあ、この噺は基本的に前座噺で、若手が言い立てのテクニックを磨くネタだからそれでいいんだけど、しかーし!

私、以前三三の師匠の小三治で聴いたことがあるんですが、これはすごかった。

小三治はそもそもテンポが速いわけじゃない。で、この口上は伝言なんだから、本来猛烈な早口では用をなさないはずですよね。

小三治は大事なところは言葉を切るようにして、噛んで含めるように普通のスピードで口上を言ってました。

それでも関西弁だから与太郎やおかみは聞き取れない。なるほどなあ、と思いました。

でもそれを若手がやったらただのテンポの悪い『金明竹』になっちゃう。小三治だからできる名人芸だったんですね。

と、改めて小三治のスゴさを弟子の高座で実感したんであります。

 

次は喬太郎。マクラが立ち食いそばの話題、ってことはネタはアレだな。

立川駅構内の奥多摩そばは、おでんそばで有名。おでんのちくわやごぼう巻きをそばないしうどんに載せてくれるんだけど、結構うまいんです。

この会場でそのマクラ、さすがB級(いや、C級?)グルメの喬太郎、わかってるね。

そしておなじみ「コロッケそばに載せられるコロッケの気持ち」という演技に入ります。

生まれたときにはまさかそばに載せられる運命とは思いもしなかったコロッケ。ああ、つゆが染みてくるーっと高座に寝転び身をよじる。

なんのこっちゃ、と思うでしょうが、これ、喬太郎が『時そば』をやる時の定番マクラなんです。何度見てもおかしいっす。CDじゃわかんないけど。

さて時そば。凡庸な演じ手だと、こっちも「ああはいはい、ひいふうみい…そば屋さん、今何刻だい?ってアレね」と、期待も何にもしませんが、

とんがってる連中はけっこう工夫をこらして魅力的なネタに仕上げてます。昇太の二人バージョン、白鳥の「トキそば」など、傑作多数。

喬太郎は、展開はわりとオーソドックスですが、キャラ立ちや細かい描写で爆笑ネタになってます。

前半のやたら調子のいい男はまあ普通。こいつがまんまと一文ごまかしたのを見て、まねする男の段になって本領発揮です。

後半のまずいそばの描写がスゴイ。まず、そば屋が陰気で性格が悪い。丼は欠けているどころか口元を怪我するほどギザギザののこぎり状。

汁はなぜか口をゆがめるほどシブい。「しょっぱいのはあるけどシブいって…あ、茶そば? 茶そばなの?」と笑わせる。

そばは太くグダグダで、これをすすってにっちゃにっちゃ噛む仕草がまたおかしい。

これ以上まずいそばはあるまいというこれでもか描写の連続のあと、いつものサゲであっさりまとめる。これがマクラも含めての喬太郎バージョン。

友人は「このあと絶対にそばだけは食べたくならないよなあ」と大ウケしてました。

 

中入りはさんで膝代わり(トリの前に出る芸人)は水戸太神楽の柳貴家雪之介。

水府流太神楽十八代家元というものものしい肩書きですが、見た目は普通のお兄ちゃんで、茨城なまりもご愛嬌。

初めは普通に傘の上で鞠や輪っかを回したり、棒をくわえて皿を回したりしてたんですが、

しまいにゃ立てたり回したりする物が抜き身の日本刀や鋭利な出刃包丁(しかも三本使い)に。

非常にデンジャラスな太神楽で、思わず手に汗握っちゃいました。

刃はつぶしてあるのかもしれませんが、完成した芸もさることながら、ここまでに至る練習を想像するとゾッとします。いや、スゴイ芸でした。

 

さてトリは落語協会副会長の市馬。相変わらず機嫌のいい顔でゆったり高座に上がります。

この頃、大相撲初場所で稀勢の里の綱取りが話題になってました。結局ぜーんぜんダメだったけどね。

まだ期待の持てる時期だったので、エールをこめて呼び出しを一声「しがあ〜し〜きせのお〜さと、きせえ〜の〜さああとお〜」。

うーん、いつもながら素晴らしい美声。ついでに甚句もひと節、とはいかなかった。

ネタは『お神酒どっくり』。旅籠の番頭の善六さん、暮れの大掃除のどたばたで、お店の家宝・お神酒どっくりをしまい忘れてしまう。

家宝の紛失でお店は騒然、旦那は寝込んでしまうし意気消沈して帰宅した善六さん、自分で水瓶の中に入れたことを思い出す。

今さら言い出せないと困り果てていると、賢いおかみさんが、「私は生涯に3度占いを当てることができる、ということにして

旦那の前で水瓶の中にあると言い当ててみせなさい」とひと芝居打たせる。適当に算盤をはじいて占う振りをして、見事(当たり前だけど)発見。

たまたま泊まっていた大坂の豪商の支配人が聞きつけて、お店の娘が原因不明の病で困っている、大坂まで来て占ってくれと頼み込む。

調子に乗った善六さん、大坂への道中、神奈川の宿で薩摩藩のご用金と密書の紛失事件に遭遇。

これも占ってくれと頼まれて、夜逃げを覚悟した善六さんだが、偶然が偶然を呼んで見事解決。

いよいよ三度目の大坂で、下にも置かぬもてなしを受けながら困り果てていると、神奈川での事件で関わった稲荷大明神が夢枕に立つ。

善六さんのおかげで荒れ果てていた社の修繕ができたことの御礼だと、解決策を教えてくれる。

お告げの通りに豪商の娘は全快し、莫大な礼金を持って意気揚々と江戸へ帰った善六さん、立派な旅籠を開いて独立というハッピーエンド。

かつて三遊亭円生が、昭和天皇夫妻の天覧に浴したという、めでたくって機嫌のいい噺。

陽気でさっぱりした市馬の芸風にぴったりです。

市馬についてはいつも明るい、大きい、声がいい、とそればっかり言ってるような気がしますが、だってけなすところがないんだもん。

楽しく、気分よく聴いて、結局あとにはそのいい気分だけが残ってる、というのが市馬だなあ。

強烈なギャグやキャラ立てはないけど、声と技術は超一級。だからひっかかるところがない。喉(耳?)越しが良すぎて後味が残らない。

時々聴かせる歌がスパイスかな。この間BSの「落語小僧」って番組で、大得意ネタの『掛け取り美智也』をやってましたが、これはめっちゃスパイシー(笑)。

三橋美智也の歌で借金取りを撃退するという市馬ならではのネタで、全編歌いまくり。うちの懐メロ好きの父親がいたく感心してました。

まあ、そういうのもあるけど、基本は王道だよね。

というわけで、実に充実した会でした。満腹。

 

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