スタッフN村による着物コラム
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早いもので、今年もあと1ヶ月を残すのみとなりました。
裏山の柚子が黄色く色付きました。去年は当たり年で枝がしなるほどだったんですが、その翌年はえてしてハズレ年。
それでもまんまるな実が黄金色に色づくと、常緑の葉っぱに映えて、晩秋の風景を彩ってくれます。
霜に当たると腐ってしまうので、本格的に霜が降りる前に収穫しなければなりません。しかーし! 柚子の収穫はとても危険なのです。
釘と見まごう頑丈な刺がびっしりで、収穫の時は流血の大惨事。ゴム長なんか簡単に踏み抜くので、柚子農家は工事用の安全靴を履いて収穫するとか。
あの美しい色と鮮烈な香りの陰に、そんな牙を隠しているなんて、ちょっと意外な素顔なんです。
39.『双蝶々曲輪日記』歌舞伎Ver.
前々回、文楽での通し上演をレポさせていただいた『双蝶々曲輪日記』、翌月国立の大劇場で歌舞伎の通し上演がありました。
こういう企画は国立劇場が時々やってくれます。今回のように先に文楽、後に歌舞伎だと、より狂言がわかりやすくてありがたいです。
高麗屋(松本幸四郎)中心の座組で、歌舞伎座だったらあまり気乗りがしないんですが、せっかくの企画公演だし、なんつっても国立劇場は安い!
その上、文楽を見た人は、チケットを提示すると歌舞伎のパンフレット(900円)も無料サービス! そしていい席が楽々取れる過疎っぷり(笑)!
しばらく歌舞伎見てない(新しい歌舞伎座、まだ行ってません)し、ここは行くっきゃない、ってことで出かけました。
天気もよく、暑くも寒くもなく、羽織りものなしでちょうどいい気候。黄色に赤や青や黒の細かい格子の、私的には明るい色目の紬にしました。
帯は母が嫁入りの時に持って来たという織帯を、カクマ帯店で二部式に改造していただいたもの。60年以上前のアンティークですね。
母はとても小さい人だったので、帯幅が狭く、黒い布を足してもらいました。ユーモラスな顔をした龍の丸紋が織り出されてます。
さて、久々の国立大劇場、いつもは1階席ですが、今回は2階正面最前列にしました。舞台全体を見渡すにはうってつけの席です。
2階のロビーをゆっくり見た事がなかったんですが、近代日本画の巨匠の作品がずらりでびっくり。ちょっとした美術館です。
写真は大好きな鏑木清方の『野崎村』。あの“お染久松”のお染です。
こちらは伊東深水が舞踊家の吾妻徳穂を描いた作品。
他にも川端龍子や植村松篁や山口蓬春や小倉遊亀や、あと知らない人(笑)や、舞台の合間にも目の保養が出来るのでおススメです。
はい、国立名物ガラガラの客席です(開演前に撮ったので、開演後はいくらか埋まってましたけど)。
いつももうちょっと入ってもいいのにと思うんですよ。とはいえ、国立なんで、あんまり集客目的の安易な企画もアレだしな。
最高裁の隣にあるという殺風景な立地も敬遠される要因かしら? 近くに来たからちょっと寄って見る、って場所でもないしねえ。だって最高裁(笑)。
でもほとんど毎日当日券が買える状態だし、もしもうちょっと近かったら、毎月でも行きたいものだと思うのです。みなさん、もっと国立へ行こう!
さて、この通し上演、文楽との大きな違いは、歌舞伎には序幕の「新清水の場」があり、3爺大活躍の「橋本の段」がないことです。
「新清水」があることで、与五郎、吾妻、郷左衛門の三角関係がよくわかり、また南与兵衛と都(お早)との関係も説明されます。
与五郎と与兵衛(んっとに紛らわしいネーミング!)は染五郎の二役。あと放駒長吉も染五郎なので全幕出ずっぱり。
染五郎は若手の中では贔屓です。仁左衛門の後継はこの人じゃないかと応援してます。顔と姿は文句なしなんだけど、声がなあ。
妹の松たか子の声帯がこの人にあったら、といつも思っちゃうんですが、おや、今月は中日過ぎなのにあんまりかすれてないぞ。
まあ、国立は一日一公演だしな。翌月『勧進帳』の弁慶に初役で挑むという染ちゃん、今月あんまり奮闘しない方がいいんじゃなかろうか。
与五郎のつっころばしっぷりはなかなかカワイイ。与兵衛は笛売りに身をやつしているがなかなか凛々しい。
与五郎が郷左衛門らに言いがかりをつけられ、もみ合うところを与兵衛が助けるという、早替わりが見どころ。
吾妻は高麗蔵。この人が女形で出ると、鳳蘭に見えてしょうがない。男が演じる女が男役の女に見えるってもう倒錯しまくってワケわからん(笑)
都、後の与兵衛妻お早は芝雀。お父さんの雀右衛門が亡くなってから、どんどんお父さんの持ち役をやってる。
この人、幸四郎や吉右衛門より一世代下だけど従弟なんだよね。高麗屋と播磨屋は女形が少ないから、この座組だともう立女形ですな。
すんごい美形じゃないんだけど、丸顔で愛らしい。あんまりキリッとした役より、なよっと可愛い女の方が似合う人。今回のお早はお似合いです。
続いて「堀江相撲小屋の場」。ここで初めて座頭幸四郎の登場。大関濡髪長五郎です。文楽の回でしつこく説明したので、今回筋は省きます。
ええそりゃもう立派な大関で、押し出しは十分なんですが、私はこの人のセリフ回しが苦手で、いっつも眠くなっちゃうんです。
ヘンな節回しをつけたり裏返ったり口の中でもごもごしたり、倅は好きだがオヤジは苦手。でももれなく付いてくるんだよな、って当たり前か。
染五郎の放駒長吉は一度この相撲場のみで見ているけど、やっぱり三役中で一番いいかなあ。やんちゃで元気でカワイイ。
んで、ここでも与五郎と放駒を替わります。与兵衛との早替わりより役の落差が大きいので、より楽しめます。
展開は文楽とほぼ同じですが、歌舞伎は役者をよく見せるための細かい演出がもりだくさん。
与五郎が相撲オタクで濡髪ラブなあまり、濡髪の着物を着せてもらい、大きすぎるので付け人の力士と二人羽織状態で引っ込む場面など大笑いです。
放駒が濡髪の堂々たる所作を一生懸命真似てみせるのも、精一杯粋がっていていじらしい。いいぞ、若高麗!
続いて米屋の場。姉のお関は魁春。この人もどっちかっつうと国立の立女形的な位置かなあ。地味だが抜群の安定感。
お関の狂言で放駒が改心し、濡髪と義兄弟の契りを交わし、そこへ与五郎と吾妻の危機が告げられ、濡髪が難波裏へ…と流れは文楽とまったく同じ。
そして濡髪は郷左衛門とその朋輩を結果的に殺してしまう。結果的に、というところがちょっと文楽と違うかな。
文楽ではこいつら許せねえ、ぶっ殺す!って感じだったけど、歌舞伎では同士討ちした二人に人殺しと叫ばれ、やむなくとどめを刺すという演出。
主役を悪人にしたくない歌舞伎ならではの事情でしょうか。まあ、ついでにあと二人殺しちゃうのは同じなんだけどね(笑)。
文楽だと次は「橋本の段」で、与五郎が吾妻とともに妻の実家へ逃げて行くのだけど、爺さんだらけのこの場は無し。
でも橋本がないと与五郎が妻帯者だってことはわからない。わからない方が歌舞伎的にはいいのかも。役のキャラが悪くなっちゃうもんね。
で、『引窓』。序幕があったので、お早と与兵衛の馴れ初めや、お早が廓上がりだってこと、与兵衛が一躍出世した事などがよくわかる。
実は濡髪は与兵衛義母の先夫の子で、養子に出されたってことは文楽の時に説明しましたよね? だから与兵衛と濡髪は血はつながらないけど義理の兄弟。
引窓の与兵衛はけっこう重い役で、私は仁左衛門や吉右衛門で観てます。幸四郎の濡髪に、染五郎は放駒ならともかく、与兵衛はちょっと貫目不足かな。
でも、序幕のうらぶれた笛売り(のわりになぜか遊女を身請けして妻にしてるがw)から、晴れて二本差しになれた晴れがましさや、
新婚ほやほやの初々しさを考えれば、これくらい若い与兵衛の方が役としては説得力があるのかもしれない。
母のお幸は東蔵。謹厳な侍から商家の女将、女衒でも按摩でも何でもこなす、貴重なベテラン。安心して見ていられます。
さてさて、なにげに染五郎奮闘公演だった10月の国立劇場ですが、ホントは私、11月の歌舞伎座で染五郎弁慶の『勧進帳』が観たかったのよね。
染五郎の高麗屋は、曾祖父、祖父、父と、ギネスに載るほどの弁慶役者。もう本家の成田屋をしのぐほどの弁慶家系。
染五郎の同世代で再従兄弟の海老蔵や松緑は20代で演じ、それなりの評価を得ているのに、染五郎は今回が初役。
本人も憧れの役と語っているけれど、40すぎても演じた事がなかったのは、ひとつにはあのオヤジの子だからだろうな。
父の幸四郎は弁慶上演ギネス記録を持つ弁慶役者で、倅はいっつも義経役。せめて富樫をやらせてやればいいものを、とずーっと思ってました。
あ、ちなみに『勧進帳』は、頼朝に追われ山伏に身をやつした義経一行が、安宅の関で見とがめられ、ここをどう言い逃れるか、
弁慶と関守富樫左衛門の知恵較べ、度胸較べのスペクタクル。基本、弁慶、富樫、義経の三人芝居(あとはモブ)。
ちなみにマイベストオブ勧進帳は、弁慶が故・十二代目團十郎、富樫はもう圧倒的に仁左衛門、義経は鴈治郎時代の現坂田藤十郎。同じ舞台じゃないけどね。
んで、染五郎はどう考えても弁慶のニンじゃない。義経でもないな。富樫のあのスマートな衣装が絶対似合う。
でもね、当代随一の富樫役者・仁左衛門も弁慶やるんですよ。2回くらい観てますけど。これがちょっと他の人の弁慶と違って面白いんです。
多くの弁慶は武闘派というか、気合いで富樫を圧倒して、力押しに押し通るイメージなんだけど、仁左衛門のは頭脳派っぽいんだな。
もうあらん限りの知恵を振り絞ってこの場を切り抜けようという神経戦で、違う演目じゃないかと思うくらいの緊張感。
團十郎のなんとかなるんじゃね?的なおおらかな弁慶とは百八十度違ってたなあ。いや、弁慶的には團十郎が正統ですけど。
で、染五郎が弁慶やるならいっそそっち方向を目指したらどうよ、と思ってたんです。
今回は父の幸四郎が富樫に回り、義経は叔父の吉右衛門。二人の弁慶役者に挟まれて、どんな弁慶になるんだろうと、ひそかに気をもんでました。
時間とお金の都合で観には行けなかったんだけど、劇評やネットの書き込みを見るとおおむね好評でよかったよかった。
弁慶家系の御曹司の初役ってことで、ご祝儀相場もあるんだろうが、まずはさわやかな青年弁慶って印象だったみたい。
父親の幸四郎の弁慶は、演じすぎてなんだかヘンな方向に行っちゃってて、口の悪いネット住民は「ラマンチャ弁慶」などと揶揄してますが、
染五郎はあんまり父親をなぞってないらしい。まあ、柄もニンもまったく違う親子だから、なぞったって似ちゃいないだろうけど。
心配された声もひどく潰れてはいなかったようで、喉のコントロールがうまくなったのかもしれない。
以前はマイクを使う劇団☆新感線の公演ですら、中日以降はガラガラ声だったからなあ。
吉右衛門の義経ってのもめったにない貴重品だけど、私はもっと同世代の、バランスのいい座組で観たいな。
染が弁慶なら…富樫は愛之助か猿之助、義経は勘九郎か七之助あたりでどうだろう。んー、でも海老弁慶、染富樫、菊義経ってのが妥当かもな。
観てもいない舞台のことや、勝手な妄想を長々とすみません。でも、歌舞伎界の新陳代謝が進むのはまことに結構な事。
そして彼らが、今の大幹部たちからしっかり古典を学んで、勧進帳も忠臣蔵も黙阿弥も南北も近松も、きちんと受け継いでいってほしい。
仁左衛門を追っかけてた頃のような熱意もお金も時間も今はないけれど、観たくなったらいつでも見に行ける、そういう歌舞伎であり続けてほしい。
10年後、年金もらえるようになったらまたせっせと見に行くからね(笑)。そのときちゃんとできてなかったらおばちゃん泣いちゃうよ。
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