スタッフN村による着物コラム

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朝晩めっきり冷え込むようになり、名残の夏野菜もついに力尽きました。

ナスもキュウリもピーマンもトマトも、タマネギやジャガイモのために場所を明け渡し、畑はすっかり土の面を見せています。

取り片付けようとした空心菜が、可憐な白い花をつけていました。

真上から見るとこんな感じです。

葉物が不足する盛夏に、じつに重宝した空心菜ですが、こんな花が咲くとは知りませんでした。

別名アサガオ菜というのは、この花の姿から来ているんですね。

花を摘んで写真に収め、延びきった葉と茎はすべてヤギの餌食となりました。

 

38.祝・人間国宝、柳家小三治独演会

6月頃でしたかねえ、新聞の折り込みで、隣町のあきる野市にあるキララホールのチラシが入っていたのは。

「小三治独演会発売中? んなもんとっくに売り切れだろう」と思いましたが、もしやと思って電話してみたら、なんとまだ買えるという。

「ありがてえっ!さすがは田舎の市民ホール、笑点メンバー以外の落語家を知らねえ客ばっかりでいっ。都内の会場なら発売10分でソールドアウトだぜっ」

とホクホクで購入。それからしばらくして小三治が人間国宝にという発表が。たぶん発表後だったら買えなかったでしょう。現に当日は完売御礼。

このホールの落語会は何度か出かけてますが、会場がいっぱいになってるの見たことない(笑)。さん喬・権太楼の時なんか二割くらいの入りでした。

いやはや、人間国宝の威力は大きかったようですな。

キララホールは新宿からだと中央線で立川まで行き、五日市線(途中まで青梅線と一緒)に乗り換えて秋川駅下車。1時間強かかります。

都内の追っかけさんが二の足を踏みそうな距離で、なおかつチケットがホールのみの販売でプレイガイドに出なかったらしい。

そんなこんなでひっさしぶりに小三治の独演会を見ることができました。田舎の利点もたまにはあるもんです。

 

会場は地元のジジババでいっぱい。隣の席のオッサンが開演5分前までケータイでしゃべってて、なんかイヤーな予感。

でも、こういう会場での周囲の会話はけっこう面白い。デーモン閣下と古典芸能のコラボ公演のチラシを見ながら後ろの席で

「このデーモンって人、何?歌手?」「なんだか相撲の解説よくやってるわよね、すっごい詳しいのよ」閣下、相撲解説者として認識されてますぜ(笑)。

開口一番は弟子の柳家〆治。真打です。普通は前座か二つ目ですが、小三治クラスだと直弟子はもうみんな真打なのか。

ネタは『看板のピン』。さすが真打、前座がやるようなネタじゃありません。噺は以前紹介しているので省略。

その真打が羽織を脱いで座布団を返し、めくりもめくって、いよいよ国宝登場。

割れんばかりの拍手の中、ゆっくりと高座に上がります。

「このホールは前から来たいと思っていて、今回初めて伺ったんですが、早めに車で出たんですがねえ…4時間9分かかりました。ええ、4時間9分」

折しも9月の14日、3連休の中日。「うちは高田馬場なんですが高速が混んでるんで、下を使ったら、甲州街道やら五日市街道やらみんな混んでて…」

「で、4時間9分」と何度繰り返した事か。客はほとんど地元なので、いかに田舎かという自虐ネタとして大爆笑。そこへ「ピポパポ、ピポパポ」

やってくれたよ、隣のオッサン、見事にケータイ鳴らしてくれました。オッサンパニック、私は小声で「電源切って下さいよッ!」とブチ切れ。

しかしそこは国宝、慌てず騒がず「おや、変わった鳴き声がしますね、さすがにこの辺には変わった鳥がいるんですねえ」と笑いを取る。

小三治にしては短めのマクラで、「おい、おっかあ、羽織取ってくれ」…おっ、『初天神』だ!

おねだり小僧の金坊が学校から帰って来る前に天神様にお参りに行こうとした父親、金坊を連れて行け、行かないと押し問答しているうちに金坊帰宅。

「ねーおとっつぁん、アレ買って、コレ買ってって言わないでいい子にしてるから連れてっておくれよおー」「しょーがねえなあ!いい子にしてるんだぞ!」

と連れて出たはいいが、案の定、神社に着く前からずらり並んだ屋台に気もそぞろ。「だんご、だんご…だんご買っておぐれえ“〜〜〜〜〜」

泣き落としに負けた父親、仕方なくだんごを一本だけ買ってやると、今度は凧屋に目を付けた金坊、同じく泣き落としで凧をゲット。

ところが父親の方が凧揚げに夢中になってしまい、「うるせえ!凧なんざ子供の揚げるもんじゃねえんだ!」と吠える始末。

「あーあ、こんなことならおとっつぁんなんか連れてくるんじゃなかった」がサゲ。

この噺、だいたい前座や二つ目がやる事が多いネタで、開口一番より軽い噺が後に来るのは珍しいです。

小三治は長いマクラの後にこういう軽い、いわゆる前座噺をやることがしばしばあります。

凡庸な演者だと「なーんだ、また『初天神』かよ」とがっかりする事が多いけど、国宝の手にかかるとこれが絶品なんだな。

金坊のちょっとこまっしゃくれた可愛さ、そして金坊そっちのけで凧揚げに夢中になる父親がさらにカワイイ。

他の演者だと、天神様に向かう道中もこってり、だんごの前に飴も買わされたりする。だんごまでで凧揚げ割愛のショートバージョンも多い。

なので、金坊のキャラクターばかりが目立つけれど、小三治はだんごと凧だけ。だからこの子にしてこの親あり、と親子の魅力が炸裂。

会場も大爆笑で、こんなにウケる『初天神』は初めてでした。

 

中入りあって二席目が始まる前、ふと隣のオッサンを見ると膝の上でまだケータイ(生意気にもスマホw)をいじってる。

そのスマホをじーっと睨みつけていたら、オッサン、点火したダイナマイトみたいに隣の奥さんに投げ渡した。お互い、隣に座りたくない客ですねw

一席目の黒紋付から色物の紬に着替えた国宝は、前日早朝に放送されたテニスの全米オープン決勝のマクラから入りました。

たまたまwowwowに加入したばっかりで、錦織圭の全試合見ちゃいましたという話から、若い頃凝りまくったというボウリングの話に。

中山律子だの須田加代子だの、昔のプロボウリング選手の名前をほとんどの客が覚えているという、普段行ってる落語会とは年齢層がだいぶ違います。

(いやもちろん私も覚えてるんだがw

こりゃ長いマクラになりそうだなと思っていたら、趣味というのもいろいろあって、釣りというのもこれがまた奥の深いもので…

キターーーー!『野ざらし』だ!

八五郎の長屋の隣りに住む浪人のもとに、深夜若い美しい娘が尋ねて来て、なにやらしっぽりの様子。

朝になって八五郎が浪人を問いつめると、「釣りに出かけた向島で野ざらしの人骨を見つけ、酒をかけて回向してやったら娘の幽霊が礼に来た」

というので、俄然張り切る八五郎、自分も骨(コツ)を釣って女の幽霊に会いたいと、浪人の釣り竿を無理矢理借りて向島へ。

ずらり並んだ釣り人の間に割り込んで、竿を振り回して水をかき回したり歌を歌ったり大騒ぎ。

この噺にはさらに後半があり、八五郎がまんまと骨を見つけて回向してやると、夜中に尋ねて来たのは幇間(もちろん男)の幽霊で…と、今回これはなし。

大騒ぎのあげく鼻の穴に釣り針をひっかけて…『野ざらし』というお噺でございます、で終わりました。

まあ、サゲがわかりにくいこともあって、たいていの演者が前半で終わります。私も後半までのバージョンは聞いた事がないな。

しかしここでもキャラクターの可愛さは全開。どうせなら若い娘より乙な年増がいいなどと、妄想たくましく一人芝居にふける八五郎を、

居並ぶ釣り人たちが面白がって見物する。観客も釣り人たちの目線で八五郎のおバカぶりに大爆笑。こちらもどっかんどっかんウケてました。

この噺もいろんな演者がやりますが、たいてい八五郎の暴走がやかましく、〽鐘〜がゴンと鳴りゃ〜上げ潮ぁ南さっ、あ、スチャラカチャンチャン、

と歌いまくる端唄(?)もただ、がなっているようなのが多い中、国宝はちゃんと昔の人が口ずさむような歌い方で風情があります。

できればサゲまで聞きたかったけど、マクラも長かったし、ま、これはこれで大満足。

軽いネタでも大ネタでも、もうね、なんか自由自在。国宝の掌で遊ばせてもらってる、って感じかな。すっごく豊かな気分で会場を後にしました。

ちなみに小三治師匠は初めっから最後まで、人間国宝の「に」の字も口にしませんでした。それもまた品のあることです。

国宝になったからといって、殿堂入りしてしまうのではなく、ただ現役の面白い噺家としてそこにいてくれる。

同時代に生きる落語ファンとして、こんなうれしいことはないですね。できればもうちょっとチケット取りやすいといいんですが。

ま、小三治師匠、これからもヨロシク。

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