スタッフN村による着物コラム
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ほぼ全国的に梅雨入りしてしまいましたね。
着物好きに雨はツライですが、そこはひと工夫の余地有り。
私は雨で蒸し暑い日は、木綿やウールで
コート無しで出掛けてしまったりします。
洗えばいいじゃんね、という感覚。
足袋は色足袋にしますけど。
雨だから着物は着ない、ってなんかサビシイですし。
写真は梅雨入り前、私が勝手に「モネの麦畑」と名付けた近所の畑です。
別にゴッホの間違いじゃないです(笑)。
麦の間にひなげしと矢車草が咲いて、なんかモネっぽくないですか?
遠くに白い日傘の女性が立ってたらもっといいだろな。
10.最後かも知れない前進座劇場〜さん喬・喬太郎親子会
先だってここでも書いたように、今年いっぱいで閉館が決まった吉祥寺の前進座劇場。
4月28日、GW初日のこの日は毎年1回開かれていた柳家さん喬・喬太郎の親子会です。
3年前、突然訪れた第3次落語マイブーム。
まあ、ご多分に漏れず、広瀬和生さんの『この落語家を聴け!』を読んだのがきっかけなんですが。
その本の中で、最も聴いてみたいと思ったのが柳家喬太郎。
新作の名手でしかも古典も上手い、というか古典と新作の間を自由に行き来するという、それをどうしてもナマで見たい!
そうして始まった落語行脚、都内に住んでいた頃は、仕事そっちのけで寄席通いでした。
喬太郎の才人ぶりに感嘆するにつけ、こんどはその喬太郎が惚れ込んだ、さん喬師匠が気になってくる。
たまたまその頃住んでいた隣町に前進座劇場があり、親子会が毎年開かれているというので行ってみた。
そしたら、もう閉店しちゃったけど行きつけだった高円寺の居酒屋の元ママがさん喬師匠とは旧知の仲だという。
聞けば、私が行きつけになる前、まだ二つ目だったさん喬さんの落語会をその居酒屋で開いていたとのこと。
で、その元ママと一緒に行くのを毎回楽しみにしてたんですが、この会場では今回が最後になってしまいました。
いろいろと名残惜しい前進座劇場、もし年末の小三治一門会が取れなかったら、これが最後になるかもしれません。
前進座劇場、ありがとう、と今から言っておきます。
この日はわりに暖かかったので、焦げ茶とベージュの縞の保多織に、バティックの半幅帯。バティックには珍しいチェスの駒の柄。
それにポリ絽の黒羽織を羽織って。
これは母の遺品ですが、めったに着物なんか着ない人だったのに、絽の黒羽織なんか持ってたんですねえ。
母はとても小さい人でしたから、裄が足りないのですが、めいっぱい裄出しして、無理矢理着ています。
もちろん化繊の安物ですから自分でやりました。単衣なんで、片袖ずつはずして見よう見まねで、なんとかなってます。
まったく温かくない(笑)ので、ちりよけ小雨よけにこの時期結構重宝です。つか、羽織好きなんですね、やっぱ。
襦袢はこの時期最適の保多織うそつき。半衿も保多織の白をつけっぱなしです。
手首に巻いた黒いものは、腱鞘炎保護のためのサポーター。親指に輪をひっかけるタイプ。
着物の時くらい外せばよさそうなもんですが、顔の前にかざして「京極堂!」とやるとウケる人にはウケるので、あえて着けてます(笑)。
さて落語の方は、まず前座のさん坊が『真田小僧』。
さん坊という名は喬太郎の前座名で、その後一門の問題児(?)喬四郎を経て、今のさん坊は三代目なのかな?
はきはきとして、二代目よりはだいぶ良さそう(笑)。
次は二つ目の小んぶで『禁酒番屋』。二年前のこの会では前座でしたから、出世しましたね。
家中での飲酒を禁じられた福岡市役所のようなお屋敷に、なんとか酒を持ち込もうとする出入り商人と、番屋の侍との攻防。
カステラの箱に詰めた酒を「これは水カステラというもので」という言い訳が笑えます。
かっちりした芸で、発声もよく、さすが優等生ぞろい(一部例外有り)のさん喬一門です。
お次は真打ち登場、まずは喬太郎の『猫久』。
ふだん猫のようにおとなしい久六という男が、血相変えて脇差しをひっつかんで飛び出していった、
そのことが町内中の話題になって、話はどんどん大きくなる。
感心した熊さんが、女房にその話をするのだが、どんどんとんちんかんな方向にずれていく、お約束のパターン。
肝心の久六はまったく登場せず、飛び出していった理由もわからずじまい。
この噺は初めて聴くんですが、さん喬師の師匠・先代小さんの得意ネタで、柳家では大事にされている演目だそうな。
こういうなんてことない噺をきちんとやれるようになりたい、とどこかで喬太郎が発言していたと思います。
ふうん、こういう噺をやるようになったんだ、という感想。
まだまだこれから磨きをかけていくんでしょうね。
お次はさん喬師匠。爆笑ネタの『寝床』です。
義太夫に凝った大店の旦那が、長屋の住人や店の奉公人に聴かせてやろうと会を開くのですが、なんだかんだ言い訳をして誰も来ない。
なぜなら旦那の義太夫は殺人的にヒドイもので、耳にした人に犠牲者続出。
しかし怒った旦那は長屋の店子も奉公人も全員出て行けと言いだした!
みな決死の覚悟で旦那の義太夫を聴きに来て…という、俗に素人の芸自慢を「寝床」という、その語源になった噺。
通常、旦那の義太夫は、ミサイルのように飛んできて吹っ飛ばされたとか、直撃を浴びたお婆さんが肋骨を折ったとか、
そのヒドさの客観的(笑)描写がされるのみで、演者が実際に語ることはめったにありません。
たとえば美声で鳴る柳亭市馬なんかだったら、その義太夫、聴いてみたいと思っちゃいます。
私が聴いた『寝床』で、一番ヒドそうだと思ったのは桂ざこばですが、これはあの地声でやられたらタマラン、という想像です。
さん喬師匠は落ち着いたいい声ですが、旦那の発声練習をやって見せます。
これが実に調子っぱずれでおかしい。実際に旦那の義太夫をちょこっとでも聴かせるという演出は、私は他の人で聴いたことがありません。
しっとりした人情噺が似合うさん喬師匠ですが、こういう滑稽噺も抜群に巧い。
さすがは名門・柳家の大御所です。
中入りがあって、後半は順番を変えてさん喬師匠から。
ちょっと色っぽい『短命』です。
伊勢屋の婿養子が、3人連続で若死に。不審に思った八つぁん、何ででしょうねとご隠居に尋ねる。
ご隠居は家付き娘のおかみさんが器量良しすぎるのが原因だと答える。
「店は番頭に任せきり、離れで二人だけ、ご飯をよそってはいあなた、と渡す、手と手が触れる、顔を見るとふるいつきたいようないい女…」
一呼吸置いて「なあ? 短命だろう?」と言うご隠居に、ピンと来ない八つぁん。
繰り返しご隠居の説明を聞くうちにはたと気づいた八つぁん、「なるほど、こりゃあ短命だ!」と、家に帰って女房に同じことをさせる。
ご飯を渡す、手と手が触れる、顔を見ると…「ああ、オレぁ長命だ…」がサゲ。いわゆる考え落ちですね。
「なあ? 短命だろぉー?」と言うご隠居のねっちりした言い回しがたまりません。
なお、これで意味がわからない人は、八つぁん以上の朴念仁かカマトトですね。
さて、今回はトリが喬太郎。
喬太郎は二席あがる場合、古典一席、新作一席というパターンが多い。1席目は古典だったな。
古典二席のこともあるけど、はたして今日は? と考えるのも喬太郎ならではの楽しみ。案外そういう人少ないんです。
マクラに同窓会の話を振ってきたので、おや? これは新作…しかもアレか!?
「はいおじいちゃん、お茶はいったよ」「はいどうもありがとサトミ、お前が淹れてくれるお茶がおじいちゃん一番好きだ」
キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!!
『ハワイの雪』だーっ! これ、喬太郎の新作では名作と言われていて、まだナマでは一度も聴いたことなかったんだよね。
新潟に孫娘と住むトメ吉爺さんにハワイからエアメールが届く。初恋のちいちゃんが余命幾ばくもない状態で、トメちゃんに会いたがっている。
結婚の約束をしていた二人だったが、跳ねっ返りのちいちゃんは、トメちゃんを捨ててハワイに渡ってしまった。
それぞれ別の人と結婚したが、今際のきわに一目会いたいと。
トメちゃんは一念発起、ペアでハワイ旅行ご招待つき市主催の腕相撲大会ディープシニア部門に、ライバルを倒して見事優勝。
サトミと共にハワイを訪れたトメちゃん、思い叶ってちいちゃんと再会。
ちいちゃんの命が消えようとするそのとき、常夏のハワイに雪が降る。
昔、一緒に雪かきをする約束をした二人の上に、雪は降りしきる…
うーん、いい話だあ。
いやまあ、サトミの大学がコロンビア大学新潟分校だったり、専攻が古代メソポタミア語だったり、
ちいちゃんの孫のジョージ藤川がべらんめえの江戸弁だったり、
腕相撲大会でのライバル・サルスベリの清吉との死闘とか、
笑いどころはたくさんある、つか、ふざけた演出盛りだくさんなんだけど、
ラスト、雪のシーンは地唄の『雪』(だと思う)が下座で弾かれ、しんみり、しっとり終わるのです。
あー、聴きたかった『ハワイの雪』、最後かも知れない前進座劇場で聴かせてもらえてよかったあ。
名作の名演がひときわ心に染みる、晩春の夕暮れでありました。
もちろんその後は元ママと高円寺へ足を延ばして、同じく常連だった某劇団の女優さんと合流、楽しく呑みましたとも。
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